あるいは花言葉
渡邉建志
それは昔々の話だ. 君の名前がまだあんな寒空の下の
墓に刻まれる前の. 僕はそれをガラスの箱の中に透かし
見る. 透かして見れば物語が金色に光って沈んでいる.
それを人は過去と呼ぶ. 僕は仕方なく頷く.
カフェでは三人の楽員がバイオリン・ビオラ・チェロ
を弾いている. 女の形をしたビオラ・ケースの中に、数
々のコインが光って沈んでいる. 僕らはさらに10フラ
ン硬貨を数個投げた. ゆっくりと沈んでいく. 光の反射.
三色の. 目を上げれば, 広場の家の窓々から下げられて
いく, トリコロール.
窓の中には美しい女が机に向かって手紙を書いている.
女は鳩の足にそれを括り付け, 鳩は夕暮れの中へ飛び立
っていく. 手紙は薔薇色の空に浸されいつか, 花になる
だろう. 彼女の手は自由な魂となり, 踊りだすだろう,
回りだすだろう. それはあるいは君の花言葉だ.
しかしそれらもいつか押し黙りもとの深淵へと沈んで
いく. 僕はもう一度曇ったガラスの箱を覗き込むだろう.
金色の魚はいまだに断片をすこしずつ語っている―
(遠くで踊られるワルツ)
(剣の音!)
(笑い声―)