ラプンツェル
愛心

彼女は盲目でした。


ラプンツェル




元来、周りに関心がなかったのか
そういう性格なのかは分かりませんが

彼女はいつも、独り。
歌っていました。

生まれてこのかた切ったことがないのでしょう。
長い髪を体に纏わせ、ただひたすら。
決して上手くはない旋律を紡ぐのです。

何も映さない双眸。動かない眉宇。歪まない唇。染まらない頬。

それはまるで、人形の様に美しく、不気味でした。

周りの目など気にする様子もなく。

イカれた娘。嘲笑の的と化しても。
人形の娘。蔑まれても。

彼女は変わらず。歌うのです。

彼女の視界にはきっと、彼女の世界が広がっていて。
それが、全てなのでしょう。

一度だけ、僕は彼女の、
ぽつり、呟きを耳にしました。

『待ってるの』

歌声とかけ離れた、蚊の鳴くような声で。

思わず顔を仰視した僕には、彼女の瞳がいつもより、心なしか濡れていたように思いました。

その時初めて。

彼女が歌うものに、幸せな詩がないことに気づきました。

僕は彼女を見つめました。

言葉の礫と、囃す声。
なにも、感じない。聞こえない。
そして、気づいたのです。

彼女の目の端が赤いことに。
眉尻が下がっていることに。
口許に青い痣があることに。
頬の形が左右歪んでいることに。
長い髪の隙間。
まともな色をした肌がないことに。

嗚呼、嗚呼。

抱き締めた僕に、縋りつく斑のかいな。
腕の中で、彼女は赤子に戻り。
人間に生まれて、泣きました。


『待たせてごめんね』


僕も盲目だったのです。





[お迎えにあがりました、お姫様]



自由詩 ラプンツェル Copyright 愛心 2011-12-29 15:37:29
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