水の町の女にさようならを言われる
オイタル

水をお飲みなさい

彼女は言った
黄昏の重い扉の手前に立って
指先をしっかり伸ばして
振り返りながら

水をお飲みなさい
と 彼女は言った
この町は
たっぷりの水が流れていく町だ
襟の立った 紺の厚手の洋服を
のどまでボタンを閉め上げて
彼女はしっかりと言い放つ
私はもうこのドアを開けて
黄色い帰宅の時なのです
すっかり 終わりの時なのです
もう

間もなく雨です
それから
雪です

街角に
茶色い家が立ち並び
灯の失せた窓に
赤い信号灯の点滅が続く
狭く立て込んだ路地を
透き通る闇の水が
カーテンを引くように摺り抜けていく

あなたはお出かけなさい
これから
その細い水路を
ごうごうの水が落ちていきます
それからその上に
光る雪が蓋をします
そうしたら もうおしまい
私は
私たちの時は
だから そうなる前に
あなたはお出かけなさい
始まりの夜へ
ゆるく澄んでいくその水を飲んで

さようなら

女の消えた窓に向かって
手を伸ばした
夜の紫陽花のような靄に向かって
石を投げた

やがて
雪だ
縁石の影から
小さなものもすり寄ってくる

水をお飲みなさい
この町はたっぷりの水が

流れていく町だ
その水を


自由詩 水の町の女にさようならを言われる Copyright オイタル 2011-12-27 21:27:10
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