遠雷
津久井駒彦

もう雷鳴しか聞こえない

僕は人混みの中で父親も母親も
兄弟も忘れてしまった

誰かの煙草の火が手に触れたときだけ少し
故郷のススキのザワメキを思い出したり
している
雑踏は温かくて無音なのでとてもよく
遠くの音が聞こえる
耳を澄ませるまでもなく
どこかとても高い山に登ったとき

ように

もう長い間雷鳴しか聞こえない

短さは罪だと風の噂に聞いたので
出来るだけ長く呼吸を続けるように努めた

禍はたいてい息を吐き切ったときに
やってくるもの
危機をやりすごしてそれ以外のときは
永遠に生きるような心持ち

いる

雷鳴しか聞こえない
とぎれと
ぎれ

雷鳴だけが聞こえている

僕は待っているのだが
あの低く垂れこめた質感が
全ての都市を破壊しながら
こちらに進軍して来るのを
そのときこの温かい雑踏は
どんなふうに散り散りになるだろう
どんなふうに愛が敗北し
勇気が挫折し
希望が絶たれるのだろうか

あなたには聞こえないのか
僕にはもう雷鳴しか聞こえていない
ああ来るぞ
日常が
やって来る

僕は雷鳴だけを聞いている


自由詩 遠雷 Copyright 津久井駒彦 2011-12-26 20:17:40
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