あの日のマリアへ 2011
たま

ね・・、きれいでしょう・・・。


踊り子は楽屋のソファに胡坐をかくように両膝をたてて
物憂い女陰をひろげて見せた
ラッパのふくちゃんは太鼓腹をきゅうくつそうに折りた
たんでひたいに汗を滲ませて真正面から覗きこんでいた
あのころ
ぼくの視力は2.0
一秒でも見つめたらすべてがひとみの奥にやきついた

まだ熟しきらない淡いピンクの無花果を、両手の親指で
ひき裂いたようなかたちして
そこは
出口なんだろうか・・・、それとも
入り口なんだろうか
ひくい天井の蒼い息をはく蛍光灯のしたで、だるそうな
踊り子の体温さえ感じたけれど
ふしぎとセックスの匂いはしなかった


その日も
いつもの終電に乗って真夜中のアパートに帰った
駅前の商店街のくらい路地には数人のやせた娼婦がたっ
ていて、通りすがりの男たちに声をかけていた

おにいちゃん・・・。 

どうしても初めての女とはセックスができなかったぼく
は、娼婦の顔も見ないで足早にまっすぐ歩いた
もちろん、そんなお金はなかったし、そのころは年上の
恋人がいて十分に満ち足りていた


せまいアパートには年中ふとんがしいてあった
いつものようにすこし酔っぱらった恋人が、ショーツ一
枚のつめたいからだにふとんをからめて、筒井康隆の文
庫本を読んでいた
ぼくもブリーフ一枚になってその横にもぐりこんだ
煙草に火をつけて仰向けに寝ころんで、いしいひさいち
の漫画を読んだ
しばらくは、ふたりがめくる頁のかすれた音だけが聴こ
えた

ねぇ、だれかとしたでしょう・・?


触れてもいない踊り子の匂いを嗅ぎつけたのだろうか
恋人はぼくの腹に顔をうずめてブリーフをひきずりおろ
すと、半立ちの根っこを口いっぱいにほおばって舌をか
らめた
いつも、見飽きることのないその横顔は
たしかにきれいだったけど

ひとみの奥にやきついた
あれは
もっと、きれいだった気がした


いくつもの夜をわたって
ひとひとりいない朝の盛り場を、昼下がりの月のような
顔ですり抜けて
踊り子はどこまで旅しただろうか
たとえ切なくても
痛みのない明日を祈り
スプーンいっぱいの希望を呑み干して
陽のあたる部屋に、たどり着いただろうか


このぼくに似た
キリストを産みおとすために













自由詩 あの日のマリアへ 2011 Copyright たま 2011-12-21 12:54:14縦
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