いまはどんな椅子に腰をかけてるの?
ホロウ・シカエルボク
フレデリック・ゾマーの
あまり質のよくないコピーと
「時計仕掛けのオレンジ」の
アレックスのニタリ笑い
きみの部屋に語るものがあるとすれば
きっとそれぐらいなものだった
すっかり色褪せたジーンズと
ヴェルベット・アンダーグラウンドの
お決まりにすぎるあのシャツ
名前の判らない外国のタバコ
どんなに時が流れても
きみはそうでしかありえなかった
誰のためのスタイルなのか
きみにすら判らなかった
カウンターだけのバーで
味も素っ気もないカクテル
きみの週末は
気がふれた平凡だった
音楽が流れていたよね
どうでもいいような音楽が
もちろん、それは
需要と供給のバランスが
取れていないという意味で
あの年は秋が何ヶ月もあった
みんないつか冬が来ることを忘れていた
男友達から安く譲ってもらった
イームズの座りづらい椅子にしっかりと丸まって
レンジで作ったグラタンを
熱がりながら頬張っていたっけね
季節外れのスコールのあとに
突然の冬が訪れたとき
二人でその椅子を不燃物に出したっけな
正直に言ってぼくときみの間柄は
それほど真剣なものではなかったし
こんな風に思い出してみせるほど
ドラマティックな出来事があったわけでもない
素っ気ないセックスと
タバコの煙があっただけ
レトルトの空箱のシェルターのなかで
芸能人の悪口を言いあってばかりいた
「嘘ばっかりのやつら」ってきみはよく言ったけれど
正直に言ってきみの正直さよりは
かれらの嘘八百の方がましだと思うことだってちょくちょくあったよ
昔の歌が好きで流行歌は屑ばかり
きみは出来の悪い公立校の教師みたいなステレオタイプだった
思い出話をする指が
ひび割れるくらい寒い夜
きみがふぅーってやってた煙のゆくえを
ぼくは時々探すことがあるんだ
それはなにかを目指そうとして
いつも途中でかすれていなくなってしまう
フレデリック・ゾマーの
あまり質のよくないコピーと
「時計仕掛けのオレンジ」の
アレックスのニタリ笑い
きみは確かに普通じゃなかったけれど
それ以外のなにかになることもなかった
エスプレッソの苦みのなかに
澱のような思い出が溶けてゆく
気まぐれに手紙でも書いて
元気かって聞いてみたい気もするけど
きっと、そう
今頃はいやな咳でもしてるに違いないから
もしもなにか短い挨拶を添えるとしたら…