氷雨の日、一頭の小熊を吐き出す
草野春心



  脊髄に刺し染みるような
  氷雨の降る土曜日
  灰色のレインコートを着た老婆が
  僕の口に腕を突っ込み
  ずるずるずるずると
  一頭の小熊を引き摺り出した



  アスファルトの上に転がった
  小熊はとうに息絶えていて
  腐敗は始まっていなかったものの
  湿った厭な臭いがした
  老婆は着ていたコートを脱いで
  小熊の骸に覆い被せ
  中国語の歌をうたいながら
  その場を立ち去ってしまった



  体の何処かがむずむず痛み
  それが何処かはわからなかった
  放心しきった僕の前では
  いつしか氷雨らしさを増した
  氷雨が小熊を溶かしてゆく
  黒く、黒く
  どろりとした水溜りへ
  それを一台のタクシーが撥ねると
  僕の全身は小熊まみれになってしまった





自由詩 氷雨の日、一頭の小熊を吐き出す Copyright 草野春心 2011-12-15 18:49:45
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