遺伝子解読
木原東子
1
性細胞が減数分裂するとき
一対の染色体はランダムに遺伝子を混ぜる
個人を規定していた遺伝子の組み合わせが
千差万別となる
劣性遺伝が突然発現するチャンスだ
隔世遺伝と呼ばれたりして
血縁を眺めてみると
遺伝子発現状況は面白い
長く会わなかったYの叔母の名言
「お母さんによう似とるなあ、(もう一度じろじろ見て)
お父さんにもよう似とるなあ」
と真面目顔
思い出すたびYはにやつく
その叔母は美人に属していた
彼女の母親と祖母とが小町娘だった
結婚した男は無骨だった、に違いない
潜水艦乗りで、終戦間際に沈められてしまった
三人の子は母親に似ていないこと甚だしかった
しかし叔母には一層夫の形見と思われたことだろう
Yの四人の祖父母のうち三人は
色白というべきだった
たとえ日焼けして黒かったとしても
2
Yの父は色黒で、母は色白
Yは黄色でくせ毛、オトートは色白でウェーブつき
母方の祖母の縮れ毛は、あちこちで発現した
母方の祖父の頑固頭もそうだ、形のいびつさも含め
父方の祖父のみが色黒の遺伝子を発現させていた
眉が太く,まなこが大きい、どこにも破綻がない、といおうか
祖母は外見的には子孫に悪影響を及ぼしただろう
二人とも性格知能、余り問題はなかった
この系統のYの叔父のうち三人は外見知能共に及第点以下
一人の叔父のみがその父以上の外見的好条件を集めた
幼かったYにも余りにも明らかな美しい顔立ちとして
Yの父親のみが性格の強さと知的要素を併せ持った
外見はその父親に少し劣る程度だ
外見と知能を併せ持っていたといわれた娘は早死にした
後二人の娘は残念組だった
3
明朗闊達、大雑把な姉妹の中で
Yの母親夕子のみが、父親の神経質を受け継いだ
人あしらいが下手で芸術家肌でもあった
しかし自分の完璧主義な面をむしろ誇りにしていただろう
Yにそれを強いた訳ではないが
自動的にYも夕子の行いを真似ることとなったはずだ
しかしYの性向は叔母たちに似た大ざっぱさが本性である
ある日、Yは突然それに気づいた
いい加減で楽天的な軽薄な娘となり
病弱から脱した
Yにとって夕子は美しい母であった
「あんたの顔は、どうもぱっとしない顔だよねえ」
「あんたはお化粧したら、こんなスターより美しくなるよ」
Yは父を見た
「顎が尖っていかんな、それに眉も下がってる」
「あらそんなことありませんよ、立派な眉です,この子は」
Yにとって苦笑いするしか無いおかしな場面が多い
父はさらに折々言った
「ホントに色気の無い娘だな」
「こんな手の形だと、身体の形も悪いそうだよ」
悪口ではなかったのだ
Yはそんな色々をたんたんと受け入れた
まったく傷つかなかった、そんな自分なのだと
客観的な判断を
4
そうじゃない、ひとつ傷ついたことがあった
子どもの遊びで、オトートを「大鼻赤男」と名付けた
得意になって何度も呼んだ
「自分じゃないの」
夕子の声が後ろでした
オトートを守ったのかもしれないが
傷ついたが、それも受け入れた
生きて来た各年代で
あらゆるへまをやりながら
当然の報いをうけながら
よくもここまで受け入れて来た
それこそが大雑把の性分の為す業か
自分の何を信頼しているのだろう
それすらもわからないほどなのに
盤石の石に座っている