いったい誰が異常なんだろう
はるな

ひざを立てて文章を書く。
わたしはわりと痩せているので、手足はあんまり若々しくみえない。骨が出ていて、かりかりしている。でもわずかながら筋力トレーニングをしているので、ふくらはぎにはけっこうしっかり筋肉がついている。太ももは細い。わたしは自分の身体をおおむね気に入っている。
ひざを立てると、それらに一気に接することができて安心する。


いつかの友人は、ものを食べると吐いていた。とっても痩せていた。太るのが怖いと言っていた。痩せている自分を見ると安心すると言っていた。食欲がまったく無くなれば楽だけれど、そうはならないとも言っていた。だから、食べてから、吐くのだと。
わたし自身は、彼女を痩せすぎていると思ったし、もっと太ったほうが魅力的だとは思ったけれど、彼女の言い分には納得できた。彼女は、自分の欲望と理想のどちらにおいても忠実だったから。どうして彼女が異常だと言われなければならなかったのだろう?


ふだんわたしはほとんど異常だとは言われない。どのフィールでもおおよそ受け入れられてきた―簡単にいえば―どの仕事でもすごく重宝された。遅刻も欠勤もほとんどしたことがないし、超過勤務も交代もたいてい受け入れた。クレームも処理するし冗談も言うし、ときおり失敗もする。
でもそれはそれだけのことだ。笑いながら頷いたり神妙な顔で謝罪したり、それだけのことだ。どうしてわたしでなくて彼女が異常だと言われなければならなかったのだろう?


どうして誰もわたしの異常さに気がつかないのだろう?わたしはもしかしたら異常ではないのだろうか?


ひざはすこし乾いてかさかさしている。
わたしに関して言えば―正直に言えば―太ったり、醜くなったりすることは恐怖だ。太っている人を見ても、恐怖は感じないし軽蔑もしないけれど、自分がそうなるのはこわい。にきびや小じわもこわい。歳をとることはぜんぜんこわくないけれど、それが劣化した自分をみることだとしたら、この上なく恐ろしいことだとおもう。
わたしの一秒がこの世界の一秒としっかり手を繋ぎあっているのだとしたら―それがあなたたちの一秒ともしっかりと結びついているのなら―わたしはそれほど恐怖を感じる必要はないのかもしれない。
でも、時間は、違うのだ。わたしの時間が、わたしの思うように進んだことなど、無いのだ。


少しずつ物事が変化している。少しずつ・・時には恐ろしい速度で。どうしてみんな平気な顔をしているのだろう?どうしてみんな、これからもこのようにして生きていかなければならないのに、平気な顔をしているのだろう?今すぐ死ねるわけじゃないのに。いったい誰が異常なんだろう?


午前三時半が近づいている。テレビでは、なんだか複雑な商品を紹介している。食材をいつまでも新鮮に保っておくことができるという器具だ。袋にいれた食材は真空で保存される。どうしてそこに人々を保存しないんだろう?死んでいるのに新鮮とはいったいどういうわけだろう。死んだら腐ってくれ。いつまでもいないでくれ。


夜は眠っている。じきに朝がくるだろう。朝はくるだろうか?
朝を見なければ眠ることができなくなってきた。周期的にそんな日々がやってくる。何度目かのそんな朝方に、わたしは呪文を得る。かんたんなことだ。眠れなければ、眠らなければいいのだし、生きていれば、いつかは死ねるのだ。わたしが異常であっても正常であっても、時間は与えられたようにしか扱えないし、欲しいものは手に入れればいいのだ。彼女は―いつかの友人は―わかっていたのだ。たぶんわかっていて、手に入れようとしたのだろう。そうして私はやっぱり思う、どうして彼女が異常だと言われなければならなかったんだろう?



散文(批評随筆小説等) いったい誰が異常なんだろう Copyright はるな 2011-12-02 03:31:40
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