まーつん



冷たく また暖かく
風は吹いてくる 駆けつける
通りの角の向こうから 木立の間から
病院の屋上で 夕暮れの空に黒い影を揺らす 洗濯物から  

冬の風は 静寂を厭う
その身体をよじらせて びゅうびゅうと ささやく
そして気まぐれだ 誰かが放った 切なる声の矢を
風は さえぎる はたき落とす その強く 透き通った腕で
スカートをめくり 帆船をよろめかせ 子供たちの走る校庭に 砂埃をかきあげる

いたずらの名手 風

そっと 種を掬い上げ 翼に手を添え 気象を導き
巨大な気圧の渦巻きの ぜんまい仕掛けをさえ 引き絞る

透明な力 風よ

今夜お前は なんて冷たい
その色のない指先で ワイシャツの襟もとから
ズボンの生地の網目から 容赦なく忍び込んできて
身体をまさぐり 冷凍庫に吊るされた鶏肉チキンのように 縮こませる 風よ

今夜お前は 何を失くした
夕暮れの足元を 駆け回り 窓ガラスを 震わせ
道草のカラスを ねぐらへと 追い立てる 北からの 使い番

街という名の 娼婦
その擦り切れた身体の 隅々まであらためる
仮借なき 大空の探り手 無調の歌い手 風よ

俺も 連れていってくれ
お前のねぐらに 我が家に
そして ビル街の黒い 稜線の向こう
遠い冬の海を隔てた どこか 彼方の凍土ツンドラ
暗い山脈の懐にあるはずの お前たちの 故郷こきょう

俺はもう 飽きてしまったから
人の姿で いることに
人の心で あることに


自由詩Copyright まーつん 2011-12-02 00:54:25
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