ラストリゾート (山)
salco
青紫に霞む浅間山の遠望と
賑わう通りに開かれたテラスには
女がひとり食事している
背中でゆるやかにうねる髪に
藤色のつば広の日除け帽
白地に淡彩の花柄ワンピース
ひざ下の裾は四半円に垂れ
すらりとした足にバックバンドのサンダル
傍らの椅子には小ぶりのバスケット
色とりどりにざわめく避暑地で
時流と大きくずれた清楚が
何やら皇族の服装めいて目立つのだ
見ればナイフとフォークに顎を下げず
上体を止めた挙措も柔らかい
はきだめの異空に惹かれた者は
首を巡らせカメラを探す
それから望遠で狙っているのかと
女の顔に目を凝らす
翳った美貌に見覚えも
殊更でもないと気づくと
今度は暮らしや
連れのない理由を勘ぐる
こうして下衆の窃視を浴びる女に
それを気にする様子はない
皿を下げに来たウェイターが
白磁のティーセットを配置する
右手前にカップ&ソーサー
左奥にポット
中央に銀の砂糖壺
その蓋を開けてトングを挿し
クリーマーとレモンの輪切りを添え
ポットを取って紅茶を注ぐ
つまらなさそうにそれを眺め
女はウェイターの挨拶を鼻先で払う
ひと口飲むと、ソーサーに戻し
手元に薄手の本を開いたまま
心に草原をでも歩くのか
銀細工のブレスレットをした頬杖で
頁を繰る気配もない
冷めた頃合いに再び取り上げ
飲んでしまうと何を思ったか
日が透けるそのポーセリンに
歯を立てた
パキ。小気味よく乾いた音がし
キン。破片のひとつがソーサーで跳ねた
真向かいのテーブルで家族連れの妻が
唖然と夫の腕に触れる
両親の表情に子どもらが振り返る
少しずつ、静寂の波動は伝播して行く
女はカリコリと音をさせて噛む
咀嚼と嚥下が済むと、齧る
だらだらと唇の間から血を垂らし