鉄人の言葉
吉岡ペペロ

新規事業として計画しているレストランについて

既に上場を果たしているレストラン経営者に話をしたとき

素人が手を出して成功するような甘い業界ではない

僕の名刺を裏返したりしながらそう憎々しげに言い放たれてしまった

その経営者はトイレから戻ってからももう一度僕におなじ言葉を投げつけた

成功するまで諦めませんからと言い返すと幾らまで我慢すると聞いてきた

一億まで我慢します、そう言ってから僕は少しだけレストランのコンセプトについての話をした

ヨーロッパの調理器具を使って野菜や肉を塩と胡椒の味付けだけで食べるお店をやるのだった

知り合いの料理教室から調理師をひとり引っ張って契約を済ませていた

僕もそのエリアにマンションを借りその調理師も隣に住まわせていた

この土日も内装の打ち合わせを現地でしたところだ

今までだってそうだ

難しいことだからこそ誰も彼もがやらないのだ

諦めないでやり切ってしまえば圧倒的なアドバンテージを得ることが出来る

調理師が弱気になれば代わりを探せばいい

調理師の基準は背の高い色白で清潔な女の子と決めている

代わりはいくらでもいる

僕が諦めなければそれでいいのだ

関西に帰る前有名な調理人のいる中華レストランに彼女を連れていった

厨房を覗かせてくれないかとお願いしたらすんなりとOKが出た

彼女は興奮しふたりで調理場に潜入した

そこではテレビでも有名な中華の鉄人が丁度麻婆豆腐を作るところだった

鉄人は僕らをすぐ受け入れ麻婆豆腐の作り方を解説しながら調理を始めた

僕らも豆腐を重要な食材と考えていたので写真を撮りメモを取りしながら鉄人の手捌きに見入った

麻婆豆腐は油を使ったピリ辛の料理だ

僕らもオリーブオイルを使った料理を考えていたからなにか天の啓示のようなものを感じていた

豆腐はいきなり炒めずにまず塩茹でする

そうすることで豆腐は弾力を得また塩茹でしているから水分が逃げない

片栗粉は三度に分けて入れそのときは弱火にしておく

鉄人はすっかり出来上がった麻婆豆腐を僕らに一度見せてからここからが大切なんだと言ってラー油をおたまで掬った

そして強火にして麻婆豆腐を炒め始めた

麻婆豆腐はラー油で最後焼くんだよ、もし焼かなかったら片栗粉の成分が水に戻ってしまうんだ

彼女と僕は目を見合わせた

オリーブオイルの使い方についてのヒントを貰えたような気がした

そしてこれが決め手、と言って鉄人は皿に盛った麻婆豆腐に山椒の実を潰した香辛料を感覚で振りかけていった

これにも僕らは自分たちが使う唯一の香辛料である胡椒を重ねていた

気に入ってくれたのか鉄人は僕たちのテーブルにまで来てくれた

僕がレストランのコンセプトを話すとテレビには軌道に乗るまで出てはいけないと言った

テレビで来るお客様はずっとは来てくれない

ある程度お客様がついてから出るべきだと話してくれた

ひとそれぞれ味覚が違うからまずは自分の店の味が好きだと言ってくれるひとを増やしてゆくんだよ

そう言って鉄人が毎週テレビで料理バトルを繰り広げていた頃のエピソードを話してくれた

店を出て東京駅までタクシーで向かった

調理師と握手をして別れようとすると彼女はホームまで僕を送ると言って聞かなかった










自由詩 鉄人の言葉 Copyright 吉岡ペペロ 2011-11-27 22:14:23
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