引き出し
森未

寝転がってかいだ土の匂い
イチョウのじゅうたんを踏む音
冬を呼ぶにじんだ雲が浮かぶ空

「覚えていますか」

誰かと同じだった歩く早さも
いつの間にかずれて響きだす

”忘れよう”
そう思ったわけではなくて
リズムも
音色も
違う世界に
慣れてゆく
愛していた日々を
いつのまにか振り返らないようにして
慣れてゆく


ゆれる電車、
流れる景色、
吸い込まれる意識。

世界は流れている
その一部で
ただ一人
今日わたしがいなくなって
あの子が泣いても
流れは止まない
体の中の小さな小さな細胞が一つ死んだくらい
息し続けることができるみたいに
出来事でしかない


でもわたしは
「覚えている。」
土の匂い、足を伝わる音、にじんだ雲、誰かと歩いたスピードも、全部。

薄まっていくあの日や瞬間を
生活のはしっこに見つける
くだらないと
塗りつぶされた思い出の上で
もがくように
へたくそに笑うから
「ひと」は美しいのだと気づく

引っ張り出されたままの机の引き出し
そっとしまって
かぎはポケットにしのばせておく






自由詩 引き出し Copyright 森未 2011-11-27 22:13:51
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