他人
葉leaf

 私の中には時折他人が入ってくる。私が食器を洗っていたとき、気がついたら私は田淵さんだった。田淵さんは私の部屋に勝手に入ってしまったことを申し訳なく思い、靴をはいて部屋の外に出たが、そのとき田淵さんは私だった。私は再び部屋に入り食器洗いを続けた。
 私がスーパーで買い物をしていたとき、私の体温は佐藤さんの体温と厳密に一致していた。佐藤さんは女性で私は男性だが、そのとき私には乳房があった。佐藤さんは近眼なので、私の周りは急にぼやけて見えた。
 私の口が勝手に動き出した。伊藤さんと菅原さんが喧嘩を始めたのだ。私は伊藤さんの分も菅原さんの分もしゃべらなければいけなかった。結局伊藤さんが勝ったのだが、そのとき私は田淵さんで、田淵さんは私の服を勝手に着たことを申し訳なく思い脱いだのだが、脱いだとき田淵さんは私だった。私は再び服を着た。
 初めて会う人が私の左側に入ってきた。その人は私の左手で私の右手と握手して、はじめまして、近藤です、と私の口でしゃべった。私は左脳によって近藤さんの秘密を知ってしまった。どうやら浮気をしているらしい。今度は別の知らない人が私の右側に入ってきて、近藤さんと親密な話を始めた。どうやら近藤さんの浮気相手らしい。二人は右脳と左脳の間で親密な情報交換を続けた。
 殺人者が私の中に入ってきたとき、私は危うく殺されかけた。殺人者が私の手でナイフを持ち私の心臓を刺そうとしたとき、殺人者はそれが同時に自分も殺すことになってしまうことに気づいて、刺すのを取りやめた。すると殺人者は徐々に田淵さんに変わっていき、田淵さんは自分のしようとしていたことの重大さに気づき、罪の意識から自殺しようとしてナイフを胸に向けたが、そのとき田淵さんは私だった。私はナイフを戸棚の中にしまい、ひとまずタバコを一服ふかした。



自由詩 他人 Copyright 葉leaf 2011-11-26 11:11:37
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