ある初夏の日の身震い
相差 遠波

警察が犯人を連れて現場に来ていた
私はそれも知らずに
突然走り出し綱を引きずりながら逃げる
飼い犬を追いかけていた
もうすぐ夏になろうかという
晴れた休日の正午

追いついた山の中の広場は
耕作放棄地だった
段々畑の残骸が
場違いに飛び出た糸杉一本残して
うららかな日差しを湛えていた
もうすぐ夏になろうかという
晴れた休日の正午

犬はまるでここに誘い込んだかのように
糸杉の根本のネコジャラシの中で待っていた
走り回って疲れた私は
誂えたように転がっている石の上に腰を降ろす
犬は満足げに舌を出して笑っていた
もうすぐ夏になろうかという
晴れた休日の正午

段々畑に出る前の下り坂を
私服の人が五、六人
こちらを目指してきたようで
私に気付くと一様に
戸惑ったふうに立ち止り
すぐ間違えたかのように再び下る
もうすぐ夏になろうかという
晴れた休日の正午

何故腕を曳かれた一人は
暑くなりはじめた日差しの下で
ジャケットを両手で抱えていたのだろう?

もうすぐ夏になろうかという
晴れた休日の正午
この静かな山の中で
一体何が起こっていたのか

犬は満足げに
舌を出して笑っているだけ


自由詩 ある初夏の日の身震い Copyright 相差 遠波 2011-11-21 15:58:16
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