てんごくからのがらくた
Lily Philia




白い息を吐き出しながら
朝一番の病院ゆきのバスを待つ。
あたしの声は、
もう随分と白い息に呑まれ始めていて
夢の始まりのようにして
よくきこえない。

 小さく逆さまに立ち上がった影から影へと
 膨張しては重たくなる水。
 泡溜まりはとうめい。
 ひび割れた唇から洩れる
 「どの海からもとうに遠いのよ。」
 とゆう声。丸呑みにされてしまう。

そのすべてに
懐かしい匂いが染み込んでいる。
いつものように閉じられてゆく景色が
たよりなく浮かび上がる、
かすかに青ざめていて、
遠い記憶は
誰かの置き手紙のように白々しい。

 幼いうたがいつまでも等しく連なってゆく。
 あたりまえのような温度にのまれ、
 あたしは骨みたいに拾われるのを
 待ち続けていた。

 (いま光が満ちてくる。)

なな色。虹の色に絡まった陽の中を泳ぐ。
引き止めようとする一線を
そっと爪先でこえる。
ひとつぶずつ、
生まれてくるひとつぶずつを
慎重にかじかんだ指でひらいてゆく。
砂鉄みたいに集まり始める光。
光の輪。
片っ端から失われてはひろがる、
呼吸たちの臨終。
(なびくたなびく。
鮮やかに翻る花の色が洪水。)
ソーダ水みたいにのぼっていって
日光の軽く穏やかな爪に剥がされて
点から線へ。線から千へ。千へ。せんへ。
(不意に骨の外れる音が響いた。
にじむ、夏の表面に静電気が奔る。)
あたしは、ひりひりとする肌に触れて
確かめていた。
(だいじょうぶ。少しぴりぴりとしただけ。

 水に映し出されている
 あたしの眼差しと出逢う。

胴体のちぎれた黄色いちょうちょが
視界を横切ってゆく。
そしてこれは、遠い遠い出来事です。
果たされぬ約束のような朝のことです。
黄色い帽子のこどもたちの行進が
まぶしそうにわらっては
にげてゆく。 
最後尾の女の子が
小さく手を振っているのが
みえた。
あたしは驚いたみたいに跳び起きて
バス停までのみちを駆けおりる。







自由詩 てんごくからのがらくた Copyright Lily Philia 2011-11-06 21:48:22
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