童心
Lily Philia




どこへもゆけない
どこへもゆけなかったんだろう
だれも

いいんだよ
いんだよ
そんなことは

あたしたちに
ゆきどころなんてなかったね

かみさまもしらない

あのくもの
またたきはどうだ



それから偏光は砕け
波に合わせてスキップをしているね
あたしはいつだって
ちぎっては捨て
ちぎっては捨てるような
白痴じみた遊びに興じている子供でした


(そこにとどまる火が
駆り立てた音と音とを連れてくる)


あんなふうにむしり取られるくらいなら
ただたくさんの
死ぬ時の音や匂い、
それに温度、色を抱きあぐねて
俯せたまま待ち続けていたい



 あたしが
 生まれる前から
 ずっとずっと
 あらゆるその
 小さかったであろう掌に
 握られた名前と日付に
 思い煩っていたい
 
 父にだっこされた瞬間
 近づいた
 果てない空の底ひ
 幾重にも織られ
 生き埋めになっていった
 あたしの声に
 気づくものもなくて
 
 胸許ではがゆく
 また無闇に
 擦り抜けていった花びらの
 かぐわしい残り香を
 まだ憶えている

 ささやかな祈りを
 今日も捧げている
 母のよこがお
 そのやわらかな目許へ
 寝そべった疲労の
 意味さえ


曇った硝子へ指で書いた文字を
逆さからいたずらに読みあげ
狂ってゆく振り子の音が
ただそこにあっただけのあの日



(誰ともなしに話し掛けてくる
男の子のような嵐がやってくる)



あれは
かみさまの通り道だ
薙ぎ倒された
木々たちの行進だ
水たまりの反射は
幾本の針のようだ
そうらカミナリの北上だ
あおじろい視界が
たわんだ
たわんだ
ゼラチンの大気だ

嵐の日には
雲がへんてこな色にまたたいて
たくさんのものが
かなしくてうれしくて
不思議だったね
はずれの雲が
いっせいに
海の色に染まるのをみた?


 いつもね
 旅をするような気分で
 つながっていたい
 今もこの先にも
 なにがあっても
 そのことだけはわすれぬよう


うしろではそれはもう
たくさんにたくさんに
揺れてましょう
揺れてましょう
まだ言葉も知らぬ頃から
揺れたいだけ揺れて
うらはらに
取り巻く世界

 陽に透かしてみていた
 蝉の抜け殻や
 何か生き物のように
 膨れ上がった雲の峰

そうしたら
汽笛のようにだって
息を切らしてかそけてゆけ
季節はいっぺんにひらけ
あたしは
はしりだしてしまった
つま先を
もう二度と
戻せそうにもない


 あなたがみている世界に
 生まれたばかりの露が
 きれぎれに淡く
 わずかに日光を湛えて
 すきとおってゆくのを
 みていたい


頬をなぜ夏の風は
電解質にも似たにおいを散らし
きらきらと波を巡りだす
そしてずんずん
もつれて渡っていってしまう


終わるんだよ
終わるんだよ
だからあたしは
おもいつづけていよう
花の咲く音と音とを
かかえていた
いとおしいあの日々を








自由詩 童心 Copyright Lily Philia 2011-11-05 21:17:33
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