青空の刃
さすらいのまーつん

青空のやつ
研ぎ上げたカミソリみたいに 輝いて
今日こそ世界中の 影という影を
断ち落とす 腹づもりらしい

太陽は 白痴みたいに
ただ 笑っているばかり
これからどれだけ 薄暗い血が流されるのか
分かっているんだろうか

俺はちょっと 外を歩いてみる
みんなは家に閉じこもって ブラインドやカーテン越しに
植え込みの懐や 木々の枝の脇の下 ゴミ箱の中などで
身を縮めて脅える影たちを 見詰めている
だからこの高級住宅地は やけに静かで
何も気付いていない小鳥たちが 無邪気に囀るばかりだ

俺は影が好きだ 景色を立体的にしてくれるから
物事の裏側を 見せてくれるから
影がなければ あのアイスクリーム売り場の
可愛い女の子の顔だって 随分とのっぺりしてしまうだろうし
第一 憂いがなければ 喜びもなくなる

俺は首を逸らして 空に話しかけてみる
指の間のタバコが じりじりと熱い

なあ 勘弁してやれって
全ての影を 退治しようだなんて
お前さんだって 灰色に曇る日があるだろう
そんな時が たまらなく疎ましく感じられるのは 俺にも分かるよ
だけど 影がただ暗いというだけの理由で 虐待するのは良くないぜ
やつらは好きで暗いわけじゃない そう生まれついてしまったという 唯それだけのことに 過ぎないのさ
それに いつも物事を上からしか眺めないあんたには わからないかも知れないが
影は慰安所にも 避難所にもなる 夏の日差しに火照った頭を冷やしてくれる 湿布代わりにさえ なれるのさ

だから青空よ
あんたのその
揺るぎのない
正しさで 栄光で
影を 殺すな
片隅に 追いやるな
表舞台から 蹴り出すな
疑いの目つきで 覗きこむな

影は 罪の物置 そよ風の休む場所
企みの苗床 思索の通り道 悲しみの避難所

捕食者に追われたリスが 傷ついたわが身をどこに隠すのか
青空よ あんたは見たことがあるか

群れから追われた狼が 行き場のないわが身をどこで休ませるのか
青空よ あんたは忘れてしまったのか

影は闇の原料ではないのか 星くずをばら撒く濃紺のビロード その天幕は
無数の闇を縫い合わせたものでは なかったのか

青空よ 夜 あんたが去っている間に どれほど多くの眠りが
闇の臥所に夢のあだ花を咲かせているか あんたは知らないとでも 言うつもりなのか

青空よ 夜 あんたが月の裏側で いびきをかいてる間
どれほど多くの子供が 闇に輝く星に願いをかけているか 忘れてしまったのか

どれほど多くの罪人が 星明かりの瞬きに 許しを請うていることか それを 忘れてしまったのか
 
そう言い終えて 燃え尽きたタバコを スニーカーの踵で踏みにじる俺を
青空は 呵呵大笑した そして答えた

愚か者め 私がそうと決めたことを
詩人気取りの半端者ごときが 覆せると思っているのか
私は太陽と相談し 地上から影を一掃することに 決めたのだ

お前たちが影の毛布にくるまって見る 夢の価値など
その同じお前たちが 同じ影の中に育てる 罪の薔薇の毒に比べれば
何ほどの事もない

弱きものが摂理ゆえに 日なたを追われることを 私は惜しんだりせぬ

真昼の陽射しの正しさに脅えるものが 星に託す願いなどに 私は一瞥も与えぬ

影は罪の温床 言い訳の故郷 秘め事の隠れ家
私の目はただ忌まわしいもの以外何一つ そこに見出すことはない
故に不遜な放浪者よ わたしはそれを断つのだ

私は太陽の子宮から
研ぎあげた光で出来た 無数の刃を取り出して
地上を蝕む罪の種を断ち切る それはなにも 眼に見える影ばかりではない
お前たち人間も含めた命の中に潜む 目には見えない影をも 断ち切るつもりでいる

詩人気取りの若造よ 貴様をその目撃者の 1人にしてやろう
今日は怒りの日 影の潰える日 罪の暗さに慣れたお前たちの目が 私の栄光を見て潰れる日だ
私に体がないと お前は信じていたのか
私に言葉がないと お前たちは信じていたのか
お前たちの流す全ての涙に 哀れみの雨粒1つ届けない ただの傍観者に過ぎないと そう信じていたのか

私は怒りをもって お前たちの全ての涙の源である 罪を断ち切る
そして罪を生み出す母 着床する子宮をも 根絶やしにする
お前の足元に落ちる影が ゼリーのように震えているのが 見えるだろう

さあ始めるぞ 覚悟するがいい

青空は 割れがねの様な声で そう叫ぶと にわかに明るさを増した
蒼はもはや 穏やかに澄んだ 吸い込まれるような色合いでは なくなった
決壊したダムのように 自分の口から叫び声がほとばしるのを感じたが 聴き取ることはできなかった
耳を聾するほど深い静寂が 俺の耳に 栓をしていたのだ

そして白が

一面の 白が

世界を 包み込んでいき

俺は 何も わからなくなり‥

そして

そして

そ し て



自由詩 青空の刃 Copyright さすらいのまーつん 2011-11-05 01:32:39
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