夢の入口 2011
たま
なにもかも捨てなければ眠ることはできなかった
今日ひろいあつめた荷物をまるで投げ捨てるようにうば
われていつまでもあきらめきれずに夢の入口に立ちつく
す日は朝まで眠れない
それはなぜか、老いることを拒もうとする姑息なすがた
に似ている
捨てきれないものをひとことでいえば約束という名の荷
物だろうか
たとえば、あした死ぬかもしれないという約束
けっして軽い約束ではないけれど、かといってまともに
対峙することもできず
眠らなかったらあした死ぬこともないのにとか、老いる
こともないのにとか
つい、そんなふうにはぐらかして朝までばかやろうな夜
と格闘したあげく、なぜ、こんなことで疲れなければい
けないのだろうかと後悔ばかりしている
めざめた朝はゆうべ投げ捨てた荷物をひろいあつめてボ
タンをとめる
おはようはいわないであつい紅茶とめだま焼きとトース
トいちまいとりんごをひとくちいただいてそれではなん
だかわるいからドアにむかって「行ってきます」とひと
ことつぶやいて今日の約束をかぞえながら職場にたどり
着くわずかな時間にも今夜かならず投げ捨てなければい
けない荷物はまぎれこんでくる
たとえば、今朝のあなたの街の気温はセ氏二度
ひとはだれにも預けることのできない固有な孤独をもて
あまして生きている
それはこの世に生をうけた罰として無条件で受容しなけ
ればあしたはこないと幼いこどもでさえおとなの顔をし
て頬杖ついた昼下がりに吐息をもらすから
生きることと、死ぬことは等しいのだろうかとか
愛することと、老いることは矛盾しないだろうかとか
朝がきてもまだ、ばかやろうな夜はつづいているみたい
でいつまで待っても交叉点の信号は赤のまま青にかわろ
うとはしない
どうしてそんなに、あなたの街はとおいのだろうか
なにもかも捨ててしまわなければ眠れないなんて娼婦の
愛をみているようでわたしは眠れなくてもいいからあな
たが眠ることのほうがたいせつなんだってせつじつにお
もう夜がある
あなたは今日も孤独な愛を育てては「対」になることを
拒んで老いていくという
ふたしかな約束でしかないくらしのなかでわたしはいつ
もとおい愛をみつめてはあなたを愛してはいけないなん
ていちどもおもったことはないけれど夢のそとにいても
なかにいても愛はいつも他人なのだと知ったからいつも
のように夜がきたらなにもかも乱暴に投げ捨てて眠って
しまうのです
だからもう、おやすみなさい
あなたに罪はないといくどもつたえたはずだから
ありがとう
あなたに手伝ってもらって夢のなかもそともすべてさが
しつくしたのにどうしても見つからなかった
あした死ぬかもしれないといいながらほんとうはもっと
こわいことがあってそれを口にすることも見ることもさ
わることも嫌でたまらなかった
老いるという約束をわすれるために夜も眠らずにさがし
ていたものは月あかりのしたをどこまでもついてくる卑
しい影のようなこのわたしの固有の愛だったといいきる
ことができたかもしれない
それは愛していると言えないままに受容する、嘘つきな
いのちだった
なにもかも投げ捨てることはできなかったはず
捨てきれないさいごの荷物をかかえたまま眠るふりをし
ていただけ、夢のなかは偽りの世界にすぎず眠ることの
口実でしかなかった
今夜いつものようにここを通り抜けたらわたしはもう二
度ともどらないつもりだ
知っていたのです
生れ堕ちて間もないわたしがこの手で隠しておいたもう
ひとつの夢の入口を