廃仏毀釈と偶像崇拝
salco

エテカリンブルクのイパチェフの家で
一九一九年七月一六日から一七日の間に
人知れずロマノフ王朝が最期を迎え
ニコライ二世と后妃アレクサンドラ
長女オリガ、次女タチアナ、三女マリア、四女アナスタシア
継嗣アレクセイと
従者の計十一人が地下室でゴミのように処分され
皇帝は即死だったが
出血量を抑えるべく狙撃手達は心臓を狙ったにも関わらず
皇女達はコルセットに隠せるだけの宝石を縫いこんでいた為
何発と浴びた弾丸の幾つかが跳ね返り
三、四人が暫くは虫の息で生きていて
全員の死亡が確認されるまで三〇分かかったそうだ
極秘裏に埋められた遺体のうち
途上で焼かれた二体の遺骨の一部を
アメリカで最新のDNA鑑定にかけたところ
一方が皇太子で、もう一方がその姉の一人と判明した

というテレビ番組があった
后妃の方は確か、それより大分前に
フィリップ殿下のサンプルで照合したのだ

連邦崩壊後イパチェフの家は取り壊され
「血の上の教会」とか何とか
ロシア正教の教会となり
白い夏服姿のポートレイトが壁に飾られ
展示ケースの手袋だかハンカチだか
些末な遺品がまるで御神体であるかのように
列なす婆さん連中が落涙しながらガラス越しに接吻する
ペルーだかチリだかでは、
子供のミイラがこんな信仰対象になっている
八〇年代の連邦体制下で遺骸の在り処を探し出し
密かに発掘した地質学者や現代の歴史学者
あのプーチンでさえも
裁判にもかけず皇帝一家を始末した事をロシア史の汚点と見做し
国民としての罪悪感を表明していたが
今さら気が咎めたところで何も起こりはしない

というアホらしさは別にして
一体、体制転覆の一大局面に於て旧体制の象徴を抹殺する
そのどこが過誤であり罪過なのか

国家体制を刷新する際には定石である事は
というより必須のセオリーである事を
歴史が繰り返し証明しているではないか
革命であれクーデターであれ
攘夷であれ又敗戦であれ
それは呼び名が違うだけで
特に強権国家の解体には
手段はどうあれ国主や権力者の後継は根絶しなければ
体制の刷新実現に無用の弊害をもたらすだけだ

市井の片隅でひっそり生きる
ブルボン王朝の末裔
ロマノフ王朝の直系
文芸的には面白いだろうが
歴史ロマンとしては端倪すべからざる存在で
門外に臣民など一人もいない満州族の愛新覚羅や
自らをすめらぎの下に置かざるを得なかった徳川の
子孫が存続を許されたのとはわけが違う
いつでも脅威となり得る王位継承者だ
それが証拠に
世紀末、スターリン像を引き倒した国民の
憧憬とノスタルジアは一足飛びに
こうして天なる玉座におわす、
不滅の救い主たるナザレの大工へと帰依し
あるいは絢爛の王宮に永の暇を告げた、
セピア色の印画紙におわす国父の面影へと帰属し
虚ろな現世を埋めんが為
せっせと偶像を彫塑しては
再来だか不帰だか感謝感激だか救済を
祈り、嘆き、捧げ、伏し拝んでいる始末だ

何故なら人間はあまりに愚かで無力であり
民衆はあまりに愚かで非力であり
神と国家と思想
この三位一体のトライアングルの中では
思想という頚木が最も脆く短命であり
政治の力学に常に翻弄され続けるのみで結局
今に至るも民には
未開人よろしく見えざる神意の脅かしと
慈悲に縋って生きるしか方便が無いとは
一体どういうことだ?
二千年も前に処刑された男が象徴するものに
今に至るも至高の平安を仮託し
たった九○年前に始末した遺骸の為に
現代史が打ち建てた筈の理念を易々と棄てる

皇帝の末路が再び世界を駆け巡る
血みどろで引き回され、髪を引き毟られ
憎しみの只中で小犬のように怯え
三秒後には動かぬ終の顔
この私刑映像は
放送倫理に反するグロテスク
あるいはR指定すべき凄惨だろうか
殺されたのは一人のキッチュな権力者
十万の子供でも百万の非戦闘員でもなく
一国の頂点で恣の特権を行使して来た独裁者
とバーター息子
奴を悪党視するその実
圧政下で被害を蒙ったわけでもない余人に
どんな感情が湧くと?
出る杭は打たれ、腐った実は落ちるまで
いずれにせよ、死体も激動期も彼ら国民のものだ
そして早晩、こんな小者は忘れ去られる
ロンドン大空襲下、ジョージ六世の不退転がはや
曾孫でナチのコスプレに化すが如しだ

「アッラーアクバル、アッラーアクバル」
パーレビ以来は聞き知った、いや
ピラトとペテロの夜もそうだったかも知れない
やり手の好き者がブルータスに振り向いた後も
その前も、営々と繰り返されて来た
これは新陳代謝のひとコマ
高揚の雄叫びが
土煙と血糊の陽気な祭典を繰り広げる
トマト祭りそっくりな心酔
反勢力と民のミートソース期
しばらくは密告と人間狩りが続くのだろう
そして新政権がつまずき続ければ
今度は偶像探しが始まるわけだ
家電製品や光通信を身辺に侍らせ
スペースシャトルや弾道ミサイルを義肢より発達させながら
人類の意識領域がどうしてこうも進歩しないのか
それが不思議でならない


自由詩 廃仏毀釈と偶像崇拝 Copyright salco 2011-10-23 21:19:25
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