雨のむこうに
さすらいのまーつん

雨ってやつは
悲しくもない 涙みたいだ
くたびれた革靴の つま先から
じわじわと 染み込んでくる
晩秋の雫
 
子供の頃は 雨に酔った
そのどこか 厳とした冷たさに

突然景色がうつむいて 
考え込んでしまったかのような 陰りに

幼かった自分は 見とれたものだった
暗い雨空に向かって 巨大な墓標のようにそそり立つ
団地の棟々に 
模造レンガの 外壁に並んだ 
琥珀色に灯る バスルームの窓
それがバルト海を渡る 連絡船の明かりのように
点々と 続いていく
厳しい冷気と ガラスの向こうで パチパチと爆ぜる
見知らぬ人々の 日々の営み
そのコントラスト

靄にかすむ 街灯の白光
闇を深く その懐に手繰り寄せて
離そうとしない 街路樹のたたずまい

心地よい寂しさに酔って
自分の中に燃える 小さな命の火を
随分いとおしく 感じ
排水溝の中を 人知れず流されていく
枯葉や小石の姿に この身を重ね
自分を包み込む世界は あまりにも大きく
取り残された不安より むしろ
大きな腕に抱かれているような 安らぎを感じた

たかが雨に 過ぎないのに

たかが雨に 過ぎないのに

どうしてあんなに
うっとりとした気持ちに なれたのだろう
クスリを使わずに ハイになるようなものだ
しかも 後遺症もない
ぐずぐずと家に帰るのを 引き伸ばして
母を随分 心配させたっけ

大人になるということは
喪失の過程でしかない とよく言われる
失ったものは なんだろう
それは金では 買い戻せず
どんな古物屋にも 置いてない
形もなく 重さもなく でも確かに

この胸のうちにあった
何か一途で 疑いを知らない
ある種の 信頼のようなものだった 

何か 生まれる前から 持ち続けてきた
見えない 約束のような

背広を濡らす 雨粒に
偽りの涙の 白々しさを見る
そんな 今の自分が
随分 みすぼらしく思えて

駅のホームの向かいで
傘を振り回してはしゃぐ ランドセル姿の子供たち
あいつらに比べて 自分はなんて 貧しいのだろう
まるで めかしこんだ 物乞いのように

雨は時を超えた 銀幕のカーテン
そのむこうに 失われたはずの 自分が映る


自由詩 雨のむこうに Copyright さすらいのまーつん 2011-10-23 11:09:40
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