道化の盗んだ物
相差 遠波

彼女は困ったように笑う
道化の僕は困ってしまう
声をたてて笑えばいいのに
必ず彼女は眉尻を下げて
困ったように笑う

どうしてそんなに
困った顔で笑うのかと問えば
人の心を傷つけるからだと
やっぱり困った顔で微笑む

いつかの昔 言われたのだそうだ
 『笑うな!』

以来彼女は
面白い事があっても
つい笑い声を抑えてしまうという

 私の笑いは 人を傷つける
 私の笑顔は 人を不快な気分にさせる
 そして他者の笑いは
 いつも私を不安に追い立てる
 みっともない子
 おまえなど居ない方がよいのだと
 誰もそんな事
 言葉に出して言ってはいやしないのに

 だから私は
 笑いそうになると困ってしまう
 自分もそうやって
 他者を不安に追い立てていやしないかと
 人を馬鹿にしているように取られやしないかと

彼女は困ったように笑う
道化の僕は困ってしまう
声をたてて笑う事など
きっと彼女には出来ないのだ
これからも

だから道化の僕は
彼女の流した涙をそっと盗んで
おどけた化粧の中に隠しておいた
彼女が心から笑えるように


自由詩 道化の盗んだ物 Copyright 相差 遠波 2011-10-17 11:25:21
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