哀愁の親父
梅昆布茶

季節感のない親父にも

たまには愁いの時がある

無神経を絵にかいたような

ステレオタイプな日々の

粉を吹いてしまった五感が

たまには疼くのだ


無駄に過ごしてしまった

青春を

ドラマのように再生して

編集しては

時々溜め息をついたり

酔いしれたり

結構忙しいのだ


親父は隣のポチとなかが良い

ポチも親父を

自分の手下だと思っている節がある


いつもぐいぐいひっぱられてよろけながらも

コロッケを一緒に食べたり

学校帰りの小学生とたわむれたりもするし

ポチと同レベルの美学で生活しているのだ


それでもたまには子ずれの彼女と

食事したりもする曲者でもある


親父には野心が無い

良いのか悪いのかわからないが

適当に存在を消すすべも心得ている


自分を詩人でミュージシャンだと

人前で恥ずかしげもなく

言い放ったりもするが

実態は違うのだ


只のだらしの無い親父ではあるが

その脱力の姿勢を

美学に高める為に日々

精進しているのだが








自由詩 哀愁の親父 Copyright 梅昆布茶 2011-10-17 08:50:40
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