キス
麦穂の海

さよならではなくて
また会おうね
と言った

私は息をのんだ

もう眼差しも宙に浮き
口の動きも
何を指しているのか
分からなくなっていたのに

「お父さん、また会おうね」

と言ったら


あなたのまなじりから
涙がこぼれた





妻にキスされて
あなたは笑った
目元が金色に輝くように
見えた


母の
「あ、笑った」
という驚いた表情
気高い一瞬


あの瞬間に
父は
「今、行こう」
と、決意したに
違いない


それからまもなくして
容態が急変し
あなたの顔は青ざめた



あなたのこの世での
最後の心音を忘れない

トク
トク
トク
トク


これが人の命の音



あなたのまだハリのある肌の
小さな乳首の横に
置かれた

灰色の聴診器から

トク
トク
トク
トク



そのほんの数分後にそこが無音になり
あぁ、旅立った
と思った


それがあなたのこの世の終わり



命の炎の
最も小さな欠片になっても
人は感情を燃やし
人たり続ける


そんな
この世の妙なる秘密を残して


あなたは
本当に
虚空にワープするように
死んでしまった



妻にキスされて
あなたは金色に
微笑んだ


母の
「あ、笑った」
という驚いた表情
気高い一瞬


あの瞬間に
父は
「今だ」
と思ったに違いない



命の炎の
最も小さな切片になっても
人は感情を燃やし
人たり続ける


全てがまるで物語のように
全てが穏やかで眩しかった




le mercredi 28 septembre 2011
35年間の愛を全うした、父と母に捧ぐ


自由詩 キス Copyright 麦穂の海 2011-10-12 03:37:12
notebook Home