蘇生
草野春心
十月の豊かな光が
いつもの駅前
喫煙所のボックス灰皿のあたりに
私が待たせている
ひとりの女の額のあたりに
しっとりと落ち、
浸食するように広がる
意に介さず女は
煙草を吸う
桃色のラインが
フィルターを彩っている
タールたった一ミリの煙草を
吸い込むたびに彼女の
眉間にうっすらと皺が浮き
私は
彼女を抱きたいと思う
美しい女だ
けして痩せているわけではないが
体の膨らみは男を誘うように結実し
唇は淡く色づき
薄茶色の髪の香り
それは金木犀を凌いで芳醇だ
美しい女
私は彼女を待たせている
空は穏やかで
雀のような声が
遠くの方できらきらとさざめく
しかし
十月の豊かな光が
少しだけその成分を変えたのか
あるいは角度が変わったのか
やがて女は静かに変貌をはじめる
その長い髪は
先端から
見る見るうちに根元まで脱色され
雪よりも白くなってしまう
唇は凍えたように青く
乾き、震えはじめる
まるで巨大な掃除機に吸い取られたように
肉は削げ
体は萎み
彼女は骨と皮だけの生物へと変貌する
まるで
十月の豊かな光が
すべてを彼女から奪い取ったかのように
その女は
それでも意に介さず
煙草の残りを吸い続ける
皺だらけの手につままれているそれは
彼女の骨のようにも見えるのに
その女は
瞳だけは変わらず
気高く
美しいままで
私を試すほどに
私に挑むほどに
美しいままで
私は自問する
その女の手を掴み
どこでもいい、
どこか静かな場所で
二人だけになって
愛し合うことができるだろうかと
霜の降りた髪や
閉ざされた唇
女の体の
すべての乾いた部分に
口づけを与え
何であれ、
彼女が奪われたものを
ひとつひとつ
返してやることができるだろうかと
そして私は
恐る恐る一歩目を踏み出し
女へと近づく
十月の豊かな光は
未だ膨張をやめようとはしない
大きく
太く、そして
力強く
生きるものすべてを
貪ろうとでもしているかのように
光は膨張をやめようとはしない
私は
女へと歩き
近づき、
近づき、
近づき、
近づいてゆく
一体どれほど近づけばいいのか
私には
私たちには
少しもわかっていない