ガーゴイル
三条麗菜

古い摩天楼の傾斜した屋根から
飛び降りようとした時
屋根の上に
傷ついて飛べなくなった
白い鳥を見つけた
微風のように柔らかい羽毛が
ところどころ血に染まっている

しだいに弱ってゆく鳥の傍らには
翼の生えた魔物の石像があって
それが次第に生気を帯びてきていた
その翼はゆっくりと動き
瞳のない目が時おりまばたきをする
その目は彼方に駆ける黒雲を向いている
黒雲からは亀裂のように
金色の明るい空が見えている

 夜明けだ

石像が言った

 この鳥が来るのを待っていた
 この鳥は都市の埃に汚れ
 今に俺と同じ色になる
 その時俺は飛び立てるのだ
 この空へと

何十年にも渡り
都市を見下ろしてきたその目からは
何の表情も読みとれないが
時々体を震わせるのは
嬉しいからだろうか

 俺を造った石工は
 この都市に埋もれて死んだ
 仕事がなくなった冬に
 凍えて死んだのだ
 俺は助けに行けなかった
 俺たちが動けないのは
 役割に縛られているからだ
 石というものは他の動物や植物よりも
 役割に忠実な生き物なのさ

都市が舞い上げる埃は恐ろしく
白い鳥はたちまち汚れてゆく
その汚れはこすったぐらいでは落ちない
鳥の目からはしだいに
光が失われてゆく

 この鳥の役割は
 俺の跡を継いでこの都市を
 見守ることだ
 心配することはない
 この鳥は今に石になるのだから
 役割を守ってさえいればいいのだ
 それでこの鳥は幸せになれる

遠くの雲の切れ目からは
天使の階段と呼ばれる光が
地上に降り注いでいた
都市が汚れた空気で満たされているほど
その階段は鮮やかに浮かび上がる
そして魔物は叫んだ
金属が鳴るような声で
そしてけたたましく笑った
その声は都市に響く
翼をゆっくりと羽ばたかせ
今にも空に飛び立ちそうだ

 お前は誰だ?
 ここに何をしにきた?

私は答えた
この鳥を
助けにきたのだと


自由詩 ガーゴイル Copyright 三条麗菜 2011-10-09 23:30:01
notebook Home 戻る