自転車
さすらいのまーつん

車は嫌いだけど
走るのは好きだ
このひょろりとした二本の足で ぐずぐずと走るのが
周りの景色が 少しずつ風の中に溶けていく感覚
肺が 呻きながらも 喜ぶ
口を きっと結ぶ
僕には 目的地がない

自転車もいい
ペダルを踏む
進む どんどん進む
ゆっくりと 駆動していくリズム
そのうち 全身で掻き分けている風が
少しずつ 重くなってくる
重力の鎖が ピンと張ってくる

加速を何層にも重ね塗りすると 疾走という器(うつわ)ができる
それは火にかけた水が ある段階に達すると
ふいにぐらぐらとたぎる 湯に変わるのに似て
束縛からの 開放に似て
変化は 瞬く間に起きる
その時僕は 放たれた矢となって
アスファルトの上を 飛び始める

音 流星のように飛び過ぎる
けたたましいクラクション のどかなおしゃべり
踏み切りの鐘 その物悲しく 間延びした音色が
時の監獄の 鉄格子の隙間から伸ばされた
死者の指先のように 僕の汗ばむ肩を触り そして離れる 

光 飴のように伸びていく
景色は溶けて流れだし 色彩のトンネルとなり その壁に滲む 明滅する赤青黄の信号
暗い木々のシルエットの隙間から 豊穣なビールのように溢れ出る 秋の陽光
空は秋色の天井になり 遠近法のかなたに向かって 細長く伸びていく 

この風景を 自分の命で作り出している
そう気付いたとき
美酒のような誇りが 胸に満ちてくる
誰も要らない 自分だけでいい
この平凡であり そして無二の存在
その時僕は 愛の正体を垣間見る
鮫の笑いは はためく海賊旗
首筋を這い降りる 汗
大腿の筋肉が 軋む

もっとくれ 酸素を 酸素をくれ
僕はしゃにむに 風をむさぼる
今死ねたらどんなにいいだろう、という思いが
ふいに脳裏をかすめる
このまま天国にいけたら、それは腹上死に近い
束になって降ってくる 刹那の出会いに
目もくれず 駆け抜けていく快感
買い物帰りの主婦の 驚き顔
振り向きかけた 学生
急停車する トラック
僕はわがままな ボールペンになって
人の流れの中に 一本の直線を引き降ろしていく

やがて
自転車から降りた僕は
がらんとした公園に のろのろと入ってくる
もう輝きはない ただの石ころに戻って
その手がキーキーと引いている 自転車もまた
脈動する獣から ただの表情のない 鉄の塊になった
くしゃくしゃになった髪で 荒い息をつくオジサンを
ただ1人残っていた子供が 小さな両手にゴム毬を抱きながら
くすくす笑って 見ている
母親の呼び声をよそに 秋の声に耳を済ませながら

それも 別にかまわない
どうせいずれは 忘れてくれるのだから
記憶のいいところは 朽ちていくことだ
僕は 枯葉の舞う 夕暮れの公園を横切り
水のみ台にかがみこむと 金臭いほとばしりを 野良犬のようにむさぼった  


自由詩 自転車 Copyright さすらいのまーつん 2011-10-08 23:12:34
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