悲しみは泣かない
村上 和

雨の日
少し肌寒い

MP3プレイヤーを聴きながら
古いレコードショップで
一枚CDを買う

ありがとう
と袋を受け取り店を出て
なぜ買ったのかを考える
音楽はすべてパソコンに入れて
CDは全部売ってしまおうと思っているのに
不思議だなぁ
などと思っていると
傘をさすのが遅くなってしまい
髪が少し
雨に濡れてしまった




公園を通りがかると
中に一人の少女を見つけた
可愛い長靴を履いて
ブランコの前に
ブランコと向かい合って立っている
傘で顔は隠れていたけれど
何やら楽しそうだった

傘の下から見える口元が
お喋りしながら笑っている
ブランコとお話できるなんて素敵ね
それともブランコに
誰かが座っているのかしら




雑貨屋の前を通り過ぎたとき
ふと
以前その店で
淡い雰囲気のレターセットを見たことを思い出した

立ち止まり
振り返り
引き返す
(全てはスローモーションで)
傘を閉じ
店の中へと入る

まだ売れていなかったレターセットは
まだ記憶と同じ場所に置かれていて
まだ便箋や封筒の所々で
オレンジ色の愛らしいキャラクターが笑っていた
たぶん以前見たときから今までずっと
悲しい顔など一度もしなかっただろう




レターセットに手を伸ばし
棚から取り出そうと
指先で掴んで持ち上げる

誰に手紙を書くんだろう

考えて
ふと視線を上にやると
窓の外
雨の止んだ景色が見えた

視界には
棚の上に並んだ雑貨たちと
透明な硝子の窓と
模様のような水滴と
その向こうには
虹が架かりそうな青空があって

これ下さい

と私は店員さんに言う




「絶望」という字を書いてみる
我ながら上手に書けた気がする
できるだけ丁寧にゆっくりと書いた甲斐があった
「絶」という字はあまり好きではないけれど
「糸」という字と
「色」という字は好きだ

字は元々上手な方ではないけれど
小学生の頃に一度だけ
私の字が好きだと言ってくれた子がいて
今でもまだその声と
その時の表情を憶えているし
今でもまだ嬉しい

彼は今何をしてるんだろう

絶望を描いてみる
我ながら上手に描けた気がする




雨のち晴れ
少し肌寒い

悲しみは泣かないのだと
私はそう思う


自由詩 悲しみは泣かない Copyright 村上 和 2011-10-08 15:01:10
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