キャッチボール
N.K.

千年の紀憂の後
青天の霹靂
四月--最も残酷な月を経て
「日常」のここかしこにぽっかりと穴が開く
礫が
ここへ飛び込んで来る
否応なく後から後から
季節が残酷に生気を充填していく中へ
例えば教室の静寂に耐えきれなくなる小さな生徒と
その口に上った冗談に
同調して肩を震わせるあどけない周りの生徒たち
いつもなら叱るありふれた出来事が突然たじろがせる
  「日常」に入った微かな亀裂から波紋が広がる
朝遅刻をした普段は無口な生徒が
買っていたメダカが死んだので庭に埋めたからと
胸中の振り子がめいっぱい振れるように理由を吐露して
生きることの尊厳を突き付けられる
エラーをする内野手のように自分は
飛んで来る言葉に一歩も動けないでいる
逸らした礫が脳裏から離れない
飛んで来る礫なら捌くことばかり考えてきたが
今はせめてしっかりと捕球できたらと逡巡しながら
五十肩の素手で追い駆ける
自分は随分と間抜けな格好なので
せめてグローブが欲しい
グローブを送りたい
グローブだけでもあればボールでキャッチボールができる
と想う人たちが集まる
職員室の片隅で中古のグローブを集めて送ろうとしている
グローブを持たない自分でも何か手伝わせてください
窓越しにキャッチボールの掛け声が聞こえる
(バッチコーイ)        
こんな立派なグローブを寄付してくれた人がいると
荷をまとめる手を休めてこちらに向けてグローブを翳す
グローブの輝きが理由もなく愛おしい
 この世界は決して自明なものではない
窓越しにキャッチボールの掛け声が聞こえる
掛け声に応えたい
バッチコーイ
         礫の放たれる方へ向って
バッチコーイ


自由詩 キャッチボール Copyright N.K. 2011-10-05 20:26:36
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