名前という制服
さすらいのまーつん
名前がないもの
例えば
うだるように暑い夏の日に 天井から落ちる 水滴
絞首台のロープの先で踊る 顔の隠された 身体
例えば
晩夏の路地裏で拾い上げられた セミの抜け殻
あなたの後ろを 不意に走り過ぎる 子供の靴音
名前という制服から
自由でいるためには
その他に ならないといけない
例えば一軒の家の
壁の一枚一枚に 名前を付けたりはしないように
例えば一本の木の
葉の一枚一枚に 名前を付けたりはしないように
名前から逃れるには
多くを手放す必要がある
人はそれに耐えられないから
自然をうらやむ
魚は海を泳ぐために 水着を着たりはしない
鳥は景色を愛でるためだけに 飛んでいるわけではない
楠が楓の木に向かって
「お前は何故そんな風に楓なのであって、俺のような楠ではないのか」と
詰問したりはしない
「君の名前は?」
何故そんなことを知りたがるのだろう
僕の存在を
世界という大きな絵から切り取って
どこに貼り付けようというのだろう
自然は互いに名前を割り振ったりしない
自然は一体だ
僕たちはみんな名前を持ち
そしてばらばらだ
知りたがり屋だけが 目に映る全てに名前をつけて
世界を細かく ちぎり取っていく
赤ん坊に向かって
お前は何故生まれてきたのかと
訪ねるだろうか
人は何故生きていくことに
理由を欲しがるのだろう
何故自分を証しするために
名前を頼るのだろう