光の棺
草野春心



  夕暮れ近くになると
  老いた女がアスファルトに
  一つの箱を置きにくる
  ただの箱だ
  ダンボールでできた、薄暗いだけの
  小さな箱
  それを置くと女はきびすを返し、
  どこかへ消えてしまう
  箱だけが残される
  夕暮れの時間は
  ゆるやかに流れつづけ
  誰一人として滞ることがない
  箱だけが
  そこに残されている……
  電車がレールを滑走している。子ども
  たちがサッカーボールを蹴り合ってい
  る。新聞紙が投げ捨てられる。モニタ
  ーのうえに句読点が出現する。銃の引
  き金が、勿体をつけるように引かれる。
  髪の白い指揮者が、壇上でタクトを振
  り上げる。曇り一つ無い鏡に、顔の無
  い男が映される。
  青空の下で、少年が犬を土に埋める。
  無表情に、あくまで無機質に、少年は
  スコップで穴を掘り、犬の遺体を入れ、
  その上に、たっぷりの土と砂をスコッ
  プでかぶせてゆく。歳月が、少年の肉
  体の片隅に、苛みを連れてくる。その
  暗闇の奥で一瞬、炎がゆらめく。一つ
  の風が、もう一つの風へと姿を変える。
  人の手が、別のなにかの手と出会う。
  ……夜、
  暗闇が
  暗闇を纏い終えたとき
  その箱から
  微小な
  白い球体が
  音もなく溢れ
  生きものが群れるように
  つぎからつぎへと
  染み
  溢れ
  目に見えぬ気流に乗り
  光の靄となってたなびく……
  瞳が光を映し、光が瞳を映し、どこへも
  辿り着くことをしない。かぎりない反射
  のなかで、老いた女は静かに笑っている。
  女の手がきみと出会う。きみの手がきみ
  と出会う。
  電車のようなものが脱線し、破裂する、
  赤く。子どもたちの、華奢な脚のような
  ものは、急ぐように腫れてゆく、黒く。
  幾万枚の新聞紙が裁断され、句読点はい
  つまでも軽んじられる。タクトは汗で滑
  り、指揮者の手から中空に放たれ、顔の
  無い男が鏡を撃つ……自らを撃つ。
  傾いた青空の下で、犬の瞳が少年をとら
  える。犬の瞳が少年を映し、少年の瞳が
  遺体を映し……発火点を忘れられた炎の
  奥で、暗闇がそっと濁る。苛みは少年の
  肉体を内側から押し広げ、彼は永遠へと
  苛まれてゆく……一つの風が、もう一つ
  の風へと姿を変え、すぐに還ってくる。
  ……光の
  無数の粒子は
  きみを蔑み
  きみを脅かし
  犬の瞳が
  少年をとらえ
  彼は
  その部分にだけ
  多くの土をかぶせる






自由詩 光の棺 Copyright 草野春心 2011-09-25 23:00:41
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