電車/日常/自殺
つみき
電車内、「あの子リスカしたらしいよ」と吊革を掴んだ左手に包帯を巻いた女の子をけばけばしい睫毛の下の小さな二つの黒目で刺しながら女子高生が大きな声で言った
夕闇の中を軋みながら走るぼろぼろの電車の三両目にはわたしと女子高生と女の子しかいない、取り付けられた扇風機はぐるぐるとぬるい空気を撫でている
風景は何度も追い掛けて来てはまた流れていき、ただゆっくりと迫る闇に輪郭をぼかされてまるで日常のようにそこにあった
女の子は俯いたまま電車に揺られていたがたまに窓の方を見ているようだった
わたしと向き合って座っているけばけばしい睫毛の女子高生は女の子へ興味を無くしたのか、今流行っているブランドやタレントの話を車内の隅々まで届くような量でべちゃべちゃと口から垂れ流している
ふとこちらへ顔を向けた女の子と目が合って薄っすらとした睫毛の下の小さな二つの黒目が一度瞬きをすると、また元の位置へと戻っていった
「だから、ねぇ。あの子、リスカしたらしいよ」言いながら携帯を弄る女子高生の左手にも包帯が巻いてあることに気付いた
軋んだ音と女子高生の声が扇風機が送る風にかき混ぜられる
そういえば女子高生の黒目も女の子の黒目も同じ色をして死んでいた
散々見送った風景は輪郭を失って一色になり、やがて車内も死んでしまった