秋刀魚
花キリン


秋刀魚の焼く匂いに誘われて野良猫がやってきて
こんにちはと挨拶するわけではないのですが
いつの間にか油ののった秋刀魚を口一杯に頬張って
一緒に秋の味覚を楽しんだものです

七輪という魔法の料理器がどこの家にもありましたから
秋の出入り口に網をかぶせる様にして
大きな秋刀魚を七輪に載せて団扇でパタパタと扇ぎますと
野良猫たちは忙しそうに隣近所を走り回っていました

あれから何度も目覚めを繰り返してきましたが
野良猫一匹であっても疑心を持たずに友達になれた時代でしたから
小劇場の舞台に立つ演技者のように気負うこともなく
長閑な季節の贈り物を感謝しながらいただいたものです

こんな時代があったのですよと
お話しする相手は遠くにいる孫達なのでしょうが
電子レンジから飛び出してくる秋刀魚と七輪で焼き上げた秋刀魚の違いを
上手に説明することができないでいます

飼い猫であっても
電子レンジから飛び出してくる秋刀魚に見向きもしないのですよと
息子のお嫁さんの一言に
猫たちにも生活の知恵を身につける時間があったのだと思います

秋刀魚の焼きあがる匂いで家路へと急いだ時代を思い出しています
生活の根本から大変革をしましようと
三種の神器を組み立てていった技術者達には頭が下がりますが
戻りたい時代があったとしたら戻ることが出来るのでしょうか

前に進むことでしか解決をしてこなかったわたしたちです
どんなに時代が変ろうとも長閑に秋刀魚を焼く時間だけは残しておきたいものです
秋刀魚にたっぷりと大根おろしをすり込みながら
何故か涙が止まらないのです



自由詩 秋刀魚 Copyright 花キリン 2011-09-19 18:51:29
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