メロンアイランド
乾 加津也

武器の形をした島

地球上で最も凶暴な住民、ただしあくまで、潜在的に

ありふれてはいるが、空から見下ろせばその島は太平洋に浮かぶ拳銃にみえる、シリンダーのあたりから山となって人工の針葉樹林が長細く広がり、銃口は上空を向いている

旅行客の間で密かな話題が忘却ツアーである、この島で絶滅した爬虫類の骨を素手で拾ってむき合わせるだけで未知の「忘却」を体験できる、躰の芯(カーボン)が剥きだしになるほどの主雷撃の電荷の可視化、それはカモメの生息しないただ一つの波止場でおこる

メロンアイランドの約千人ほどの住民はだれひとり歴史を学ぼうとしない、島そのものが始まりの来ない歴史という認識、この点においてのみ島民の思想は一致している

この島では古代メロン語を母語とし、咽頭と鼻腔を巧に連動させる類まれな発語を特徴としている
ジェスチャーはない(見ても理解されない)

ここではどこにいても、穏やかで雄大な「ひたすら」を味わうことができる、それはたぶん迷いが存在しないせいだと思われる、ここで生まれた者たちは、銃身を流れるノースメロン川がただひたすら海抜をめざし、自らに内在する器を知らず、探そうともせず(探す理由がなく)、たゆまず水色の分子を組みあげることを学習する

海流が変わり季節風がやってくるとこの島は成熟を思い出す、政治を始めたくなるのだ、それでもはじめは党閥組成からであり、環境党、桃李党、医僧統一、産業ハブ同盟など、そのつどユニークなものが目立つ、中でも心神世界とその派生の集団はその奇抜さから島民すべての衆目にさらされている、夜毎の集会で反省と懺悔がくりかえされ、誰も一日たりとも昨日と同じ日を生きることはない、命を超越する精神の開放が信条の党員の道徳感覚は不均一で、空を呑みこむほどに一斉に飛び立つ瞬間の、申し合わせた渡り鳥の本能のようにはいかない、季節風が止めば、徐々に政治は衰退して関心は薄れる

そして今日もまた世界と同じく、この島に宵闇の支配がはじまろうとしている

島の南端にあるマガジン胸壁から下を覗けば、これまで突き落とされたすべての芸術活動の腐乱した堆積を見ることができる、だれも口にはしないが、芸術と称されるものはどんな形のものであれ忌避されている、迷いに狂う悪の化身を信ずるかのようだ、あるいは、凶暴性が露呈されることに耐えられないのかもしれない、人は殺しても芸術はよろしくない、事実この島ではたまにしめやかな殺人が起こる、合意の果ての死相はいまもって殺人が止まない理由でもある、薔薇色の休息、ほんとうに安らかだ

過去に、某国の国家的医療の研究チームが病理学的な研究を目的として、確かな報酬を約束したうえでこの住民の男女数人を某国に招いたことがある、精密検査の結果はいたって正常な人体構造と精神状態であったが、毎夜の痙攣発作の要因を特定するには至らなかった、ただ研究担当者のレベルでは、この痙攣が被験者にとって心身のバランスを保たせているのではないかと思惟させる節は散見された、被験者の問診では島では痙攣は無いという、確かな報酬、それは百トンのベリリウム銅合金であり、研究の期間が終了し、被験者が帰郷した日の三日後に船舶輸送で島に搬入された、ただ、これら被験者は数日後に行方不明となり、狂死したらしいとの噂が広まったため、この事件以来、島民は旅行客を受け入れることはあっても誰一人島を出ようとはしない



最後に、メロンアイランドでは、なえた羊が食されている



自由詩 メロンアイランド Copyright 乾 加津也 2011-09-13 11:45:22
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