ビリジアン
水町綜助
森へ
つづく道は
つめたくて
きもちいいんだ
冬の
シーツみたいに
白くないし
深く
濡れているけど
たとえば
ビリジアンって
色が好きだった
絵の具
12色が
箱の中
横一列に
ならべられ
そのなかで
黒?
と聞き返してしまう
濃い緑
ところどころ
きらめいた
夜の森の色
どうぶつたちが
跳ね
回ってる
黒く
切り抜かれて
とても精密な
細工があって
ミントみたいな
匂いにならない
匂いがあって
果実は甘く
かじる牝鹿は
一頭、つややかな脂を
毛先に灯らせ
腹がうつくしく
波打っている
「あの波のはじまりは
こんな夜、
あの海岸線に
たどり着いて
波打ち際に
足を浸して
思い出したように
サンダルを脱いで
素足をさらして
両腕をだらりと
呆然と眺めた
細波
なんて
隙間がなく
不均等で
始まりなく
規則正しい
うごきと、
音、
だろう
白い
重なりつづく
波形は」
やっぱり
黒?
と聞いてしまう
深い緑の海で
足元で終わりを迎えながら
まだ引き返して
どこへ漂うの
月の満ち欠けがこれに
関係あるなんて
嘘みたいだろ
でも牝鹿の腹の
うつくしい波には
たしかに月が
そのことに
関わっている
ゆびさきで
撫でるように
光を流して
俺が
動物たち
深い緑に跳ね回って
湿度を
水滴として
毛先にともらす
うさぎは泣いて
虎は猿の首を裂き
開いたのど笛からは
高音域の風が吹いて
シバリングが鬱蒼とした
樹々の葉先をちいさくふるわせている
あの一頭のうつくしく
かよわい牝鹿は
木立のなか
目線が交わっただけの牡鹿に
わけもわからないまま
犯された
それは何夜も続けられている
さわぎのつづく夜の森のなか
誰からも知られない
静かに狂った出来事として
牝鹿はそれ以来というもの
牡鹿を愛し
牡鹿も牝鹿を愛した
ある朝牡鹿は
ちょうど今のような夏が終わるころ
ひとつの朝に
森を抜け
まだ明けきらない夜を走って
草原の始まるところで足を停めた
まさに太陽に照らされるだろう西の空を
息せいたまま見つめて
牝鹿と出会ったこの夏で言えば
きっと最後のものになるだろう積乱雲が
その希望にもにた
輪郭の最も膨らんだ場所を
季節が混ざる曖昧さと繊細を溶かしこんだ
オレンジ色が淡く彩るのを
目にした
牡鹿はかつてないほどの喜びと
理由のない衝動にとらわれ
身をこごらせながら
その輝きを見つめ続けた
すべてのすがたは
このように
ないまぜとして
美しく汚らしく
ただそこにいた
やわらかい葉をはむ黒い瞳も
犯されながら牡鹿を見つめる不安げなまなざしも
その後の日々、牡鹿を見つめ
しばらくしてほころぶ居場所のない愛情にみちた笑い顔も
牝鹿のどのようなさまも
そして牡鹿は人間であったため
涙を流すことをした
そしてひたすらに
森の中にいる
牝鹿の名を呼び続けた
呼び続けている