リストカット日和
竜門勇気
八月の夜は不潔すぎて
僕のナイフは錆びている
母が泣いていて
父が笑っていた
テレビが光っていた
日曜日は誰もいない
消えない傷について考えよう
せっかくなら背中に知らない誰かの名前を刻みたかった
天秤が壊れていたから
どっちがいいのかわかんない
七月の朝は静かすぎて
僕は土になったふりをする
犬が死んでいる
猫が死んでいる
蛇が死んでいる
なんだかわからないけだものが死んでいる
広域農道は死でいっぱい
死んで間もない狸の腸は
桜よりも淡い桃色です
ハンドルを大きく切ったけど
間に合わない
僕はなんで生きているんでしょうか
会社に辿りつけない
どうやったって今日中に家に帰れないとわかって
やっと泣けてきた
深夜のバス停の前に車を止めて
やっと人間に戻り始めてた
九月の取って付けたような寒い日
ナイフはこれ以上無く濡れて鋭い
わかってるんだとつぶやいた
つぶやこうと思ってつぶやいた
満足なんかできないさ
ほんとうは僕
手首から先をもいでしまいたかった
だから切れなかった
痛いのは一度でいい キライなんだ痛いの
いらないんだこんなの 無駄なんだ 暮らしの
できそうでできない やれそうでやれない
つかめそうでつかめない
いらないんだこんなに 無駄なんだ 人生の
ふれそうでふれない わかりあえそうでわからない
わかりたいのにふれたいのに
きっとくか