花キリン

古くて重いげき鉄を
引き起こして打つ単発銃を
最新の銃だと陸軍上等兵は誇らしげに説明しながら
天皇陛下という四文字を並べる前には
最上級の姿勢でしかも深々と頭を垂れる姿は絵になった

桜が満開になる四月に
僕は陸軍二等兵で招集された
毎日の訓練は古くて重いげき鉄を引き起こしながら
これが最新の銃だと
自分自身に言い聞かせることだった

戦場は身近にあったから
B29の爆撃音に向って最新の銃の引き金を一度だけ引いた
パンとはじけるような音は空の低い位置でかき消され
割り当てられた弾丸は終戦まで補充されることはなかった

飯ごうの麦飯は一粒も残してはならないからと
頬がこけて生きたまま骨になっていく姿に重ね合わせながら
長い時間かけて噛み砕き飲み込んだ
死相があちらこちらで腐り始めていた頃だったから
ごろごろになった固体の絶望という絵模様を
無気力な姿で眺めていた

敗戦という二文字は禁句だったが
空にも届かない中途半端な銃では勝てないと
上等兵もわかっていたから親切だった
それでも訓練の厳しさに
古くて重いげき鉄を何度も引き起こしては
大隊長や中隊長に向って打つしぐさを繰り返していた

桜の季節になると
ふきのとうの苦味のようなものがせり上がって来る
もうすでに天皇陛下は写真の人となり
あの大隊長や中隊長も写真の人となったが
骨だけになっても
しばらくは突撃を口走っていたらしい

桜の木の下で
思い出すものは少なくなったが
幾つになっても
この苦味だけは忘れることができないでいる


自由詩Copyright 花キリン 2011-09-11 06:26:14
notebook Home