ピンクのハートマーク
はだいろ


妊娠悪阻ということで、
一週間ぶりに病院へ行くと、
点滴は、24時間で、
4本取り替えるらしい。
彼女は、ほとんど、口も聞けないほど衰弱している。


「なんか話して」と言うので、
買ってきた東スポの記事を読み聞かせようと思うけれど、
あまり面白い記事もない。
相部屋に移ったので、
カーテン越しのすぐ隣が気になって、
何を話せばいいのかわからないし、
手をごしごしさすってあげた。


このごろは、夜はすっぱだかで眠っている。
昨日の夜は、月光が明るく、
青白く肌をさらしていると、
月を見るのが好きだった、
違う女の子(強烈に、失恋してしまった)のことが、
そのときの傷のことが、
やたらと疼いて仕方がなかった。
でも、
結局、その子に振られたところから、
ぼくの現実は始まったのかもしれない、とも思う。
ぼくはそちら側へ行きたかったけれど、
それは幻想の出口でしかなかった。
現実を生きるのだ。
それしかないのだ。


午前中はずっと、音楽を聞きながら、
本を読んで過ごした。
ブックオフで200円で買った。
「チャイルド44」上下巻。
あまりの面白さに仰天した。
なんだか、
反逆の主人公に、
身につまされるようなところもあった。
その話をしてあげればよかったのかもしれないが、
彼女には、
難しいだろうとも思った。


7時になると、
面会時間の終了です、というアナウンスが流れる。
ぼくはちょっとホッとする。
また明日くるよ、と丸い椅子を片付ける。
すっかり痩せていくような彼女は、
力なく手を振る。
松屋に寄って部屋へ帰り、
おやすみとメールすると、
おやすみなさいと、
ハートマークが返ってくる。
ピンクの絵文字で、
返ってくる。










自由詩 ピンクのハートマーク Copyright はだいろ 2011-09-10 21:50:22
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