靴音
花キリン


孫の走り寄ってくる靴音にも
萎縮する心がある
可愛い絵模様の靴の音なのだと言い聞かせてみても
すぐに戦中の行進へと
画面が切り替わってしまうのだ

あの時代の靴音は
平和の扉を無理やりに押し倒して
思想の中へと踏み込んできた
一方的な荒々しさの中でいつも死の臭いがしていた

過ぎた時代の一コマなのだが
几帳面に記録したものをひも解くたびに
薄汚れた記録紙の片隅から
軍隊の靴音が蘇ってくる

それでも孫の走り寄ってくる靴音を
必死で抱きしめようとしている

孫の時代には
言い訳するものを残しては置きたくないからと
奮い立つものがあれば
前面に押し出して生きている

戦争経験者には
六十年以上過ぎても軍隊の靴音に聴こえてくる
あの時しっかりと抱きしめたのは
家族の命だけで
靴音は捨て去ってきたのだが

自生するものが根付くように
平和が根付いたのだろうか

笑いながら
通り過ぎることができない曲がり角が増えている
軍隊の行進の靴音は
どこにでも隠れる身軽さを身につけているから
危険な兆候なのだと誰も気がつかない

それでも両の手を大きく広げて
走り寄ってくる孫の体をしっかりと抱きしめたい
なにがあったとしても
老いた命のバリケードを張り巡らせて



自由詩 靴音 Copyright 花キリン 2011-09-09 06:31:19
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