目の前のグラス
haniwa

週末だから酒を飲みにいく。週末でなくても飲みにいくが、週末はことさら大量の酒を
詰め込む。僕らはつまらない仕事に飽き飽きしていた。それを酒で昇華する日々にも、
いつもと変わらない顔ぶれにも。けれども他に仕事もなく、手段もなく、飲み相手もい
なかった。みんな似たような気分だろう。それでもなにか面白い事が起こる事を期待し
て、ただひたすら愚痴を言い合い、酒を飲み、串焼きを頬張る。もうダメなのかもしれ
ない、でも何がダメなのかわからない。そんな雰囲気がここ一年くらい続いている。一
人がビールからハイボールに切り替えた。それを見て僕も芋焼酎を注文する。


こんな製品出してるようじゃうちの会社も長くないな/何度言ってもなおらないんだ/
頭下げるのが仕事みたいになってきたな/絶対現物を確認した方がいいのに出張させ
てくんないんだよ/そういえばこの間久しぶりに北海道行ったけど遊びにいけなかっ
たな/そういえばこの間のコンパどうだったんだよ/一回会ったけど飲み会のときと
全然印象が違って/別にいいじゃんタダでヤれるんだから/彼女なんてめんどくさい
よ/結婚せずに子供だけ欲しいな/でもそうしたら会社辞められなくなるしな/結婚っ
て経済をまわすためのよく出来たシステムだね/好きな仕事だったらがんばれると
思うけどそうじゃなかったら


日本のどこかで大規模なデモがあった。国旗を掲げてシュプレヒコールをあげるだけ
の、静かで、けれども一環した主張と正当な理由を持った素晴らしいデモだった。広
範囲が放射能で汚染された。今後長い、長い間、人の住めない土地になった。アメリ
カは破綻の危機を迎えている。予言者は10月に地球人口が半減するほどの地震が来る
と言っている。選ばれた人たちは2012年に苦しみのない幸せな世界へジャンプする
らしい。巨大なUFOの船団が地球に迫ってきているらしい。そういったこととは無
関係に僕らは酒を飲む。そういうことを話したい訳ではない。けれども、話したい事
を話している訳でもない。宴はまだ続く。


弟がニートだから俺は見本になりたいわけよ/でも俺もニートになりたいな/最近
新型うつ病っていうのがあるらしいよ自己申告してみれば/うちのフロアにも社内
散歩ばかりしてるじいさんがいるけどアレなんなの/あいつウゼーよなー/ああい
う人も昔はきっとバリバリやってたんだろうなと思うと俺は何も言えんわ/でも
散歩して定時で帰って年収一本とかおかしいんじゃね/寮にも似たような人いる
なそういや/会社における生活保護者みたいなね/我が社の闇が垣間見えるね/ど
こかにチクれば問題になるかもしれないな/CSRホットラインとかね/上司告発し
ようかな/そんな事しても何にも変わらないよきっと


ふいに、窓の外が光った。爆発音が聞こえ、壁がびりびりと振動した。僕らは顔を
見合わせた。一人が立ち上がり、小さな窓を開けた。色とりどりの光が夜空を埋め
尽くしていた。

「今日だったな、花火大会」
「全然忘れてた」
「行く相手もいないし」
「なにか起きたのかと思った」
「なにかってなんだよ」
「なにか凄い事だよ。世界の終わり的な」

「もし、いま世界の終わりが来たらどうする?」と誰かが言った。

僕は「こうする」と言って、目の前のグラスを飲み干した。
そしてしばらくの間、僕らは無邪気に笑い合った。

「もう一杯飲んだら、次行こうか」と誰かが言った。


自由詩 目の前のグラス Copyright haniwa 2011-09-07 00:39:11
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