対岸のひと
恋月 ぴの
台風がそれて良かったと思うものの
荒れ狂う里川の変わりようを
術もなく見つめる老人の眼差しに寄り添うことは難しい
人様の身の上にふりかかった災禍などと
素知らぬ顔して晴れ上がった台風一過の秋の空
※
ふとしたことでフェンス越しに階下を眺め
私でも、ここから飛び降りられるのかと悩んでみる
今でも間に合う
今からでもやりなおせる
生に縋りつこうとするのでもなく
そんな気楽な想いは絶望感に勝っていて
吹き上げてくる風の強さに目を背け
そそくさとフェンス際から立ち去ってしまう
※
テレビは増水した里川の様子を映し出している
合間には、いつもながらのコマーシャルと
こんな私にもチャンネルを変える選択肢ぐらいは残されていて
一人称の悲しみはどこまでも一人称のままならば
僅かな同情さえ成し得ないもどかしかさと
第三者で居つづけられる安堵の狭間で
フェンス越しに見えたもの
植え込みの緑とアスファルトに整列した黄色い駐車区画
放物線を描けばあれにも届くのかと
水際に積み上げた石ころの頂へ問いかけてみる