W.K.第五回「ポール・デスモンド『ファースト・プレイス・アゲイン』〜JAZZなんて詳しくないけど」
たもつ

 W.K.第五回。もう、粛々といきます。もう。牛。今回は趣向を変えて、サックスプレイヤーのポール・デスモンドについて語ります。といっても、そんなにJAZZに詳しくわけではありません。ブルー・ノート、何それ、美味しいの?レベルです。まあ半分思い出話だと思って読んでください。
 それでは第五回「ファースト・プレイス・アゲイン」。粛々と。

 中学一年生の時に初めて、レコードプレイヤーを買ってもらいました。レコードでしたよ。レコード。
当時としては最新式だったと思います。ラジカセありますよね。その巨大なやつ。カセットデッキのある部分に縦型のレコードプレイヤーがあるんですよ。もう。牛。その両脇にスピーカーが四つついていて。ラジカセだと左うえに録音やら再生ボタンがついてるんだけど、その部分にカセットデッキがついていました。
付録として、LPレコードが数枚。ビートルズ(いわゆる赤版ってやつ?)、ポール・モリア、そしてグレン・ミラー楽団。このグレン・ミラー楽団が、私とジャズとのファースト・コンタクトでした。
 「ムーン・ライト・セレナーデ」「A列車で行こう」「茶色の小瓶」「イン・ザ・ムード」etc。とても華々しくて、ノリが良くて。聴いたことのない雰囲気の曲たち。すっかり大人になった気がしましたね。こうなると、他のジャズも聴いてみたくなるわけですよ。お年玉をもってレコード屋さんに行きました。
 ジャズのコーナーに並ぶたくさんのレコード。でも、何を買ってよいのかわかりません。当時はネットなんて当然なかったし、周りにジャズ聴いている人なんていなかったし。そこで、もう、ジャケ買いしかないわけですよ。牛。こちとら大枚をはたいて買うわけだから、失敗するわけにもいきません。そこで決めたのが、タイトルにあるポール・デスモンドの「ファースト・プレイス・アゲイン」でした。スタジアムで観客がプラカード持っていて、グラウンドにはマーチング・バンドの姿が見えます。決め手は、帯。うろ覚えですが「こんなに○○なサックスプレイヤーがいたのか」でした。○○はエッチだから伏字にしたわけではありませんよ。肝心のここがどうしても思い出せないだけです。よく考えればわかるでしょう。何でレコードの帯にそんなエッチな言葉を使う必要があるんですか。などと誰に文句を言っているかは不明であるにしても、買いました。それは初めて買ったレコードでもありました。
 わくわくして、レコードをセットします。一曲目「君にこそ心ときめく」。ギターの静かなポロンポロンで始まります。さあ、これから華々しく盛り上がるぞ、と思ったら、サックスの演奏がギターに乗っかってきます。???あれれ、なんかグレン・ミラーとは雰囲気が違う。ライナー・ノーツを読むと、なんと、サックスとギターとベースとドラムスの四人だけの構成ではありませんか。地味。とても地味。しかも前奏かと思ったらいつの間にか曲の本体も始まっている感じ。ええっと、サックスがメロディーなんだよな、でも、これってメロディーなの?ドラムはチャンチャンチャンチャンいいリズム刻んで、ノリノリですよ、みたいなのに、メロディーラインが確定できません。しかも長い。一曲八分!発奮もできませんよ、みたいな。何の修行でしょうか。そんな長い間集中してこんな曲聴けるか。そして頭の中に響く自分の声「し・っ・ぱ・い・し・た」。
聴き進めますが、頭は真っ白。いつの間にかA面も終わり、B面に。ちなみに、この一体型のレコードプレイヤーは針が裏表についていて、レコードを裏返さずに、自動にB面が始まります。ああ、B面の一曲目は知ってます。「グリーン・スリーブス」。これはちゃんとメロディーがありました。アレンジは加えられていますが、聴けます。メロディーを追えます。いい感じ。ところが、途中から、何やらまた聴いたことのない展開に。これは格好いいかも。そしてまた、最後にメロディーが始まり、しっとりと終わります。
少し気持ちは持ち直しましたが、二曲目からまた頭が真っ白。聴き終わった後は、どこまでも果てしなく続く脱力感。こんなもん買ってしまってどうしよう、みたいな。とにかく、地味、メロディーがわからん、一曲が長い、収録曲数少ない(7曲)。
が!しかし!こんなところで立ち止まっていてはいけない!初めて買ったレコード。中学生にとっては決して安い買い物ではない。そうであるならば、とにかく聴き込んでやる。と、思い立ちました。救いは唯一知っているB面一曲目の「グリーン・スリーブス」。カセットテープに録音して、とにかく聴くときは常にB面から聴き始め、勉強するときも、ひたすらこのレコードをバックミュージックとして聴きました。一週間で五十回くらいは再生したはずです。
さすがにそれだけ聴くとなると耳が慣れます。ライナー・ノーツ等を見ながら、一週間後に思ったこと、感じたこと、気づいたこと、失ったこと、移ろう季節、少し背の高くなったわたし…を羅列してみると
・すべてギターの前奏から始まる。
・メインはサックス。
・最初は地味に思われたけれど、聴き込むとなかなか軽快。
・メロディーは確かにある。しかも、きれいなメロディー。
・けれどそれは最初と最後だけ。
・中間のメロディーの追えないところは、いわゆるアドリブというものらしい。
・アドリブのところでも、サックスの音がキラキラ盛り上がるところがあって、そこが聴かせどころのようである。
・途中、ギターのソロが入る。
・そのギターリストはジム・ホールという人で、何気に大物のギターリストらしい。
・メインがサックスで他のギター、ダブルベース、ドラムスは伴奏、というよりも、どうやら、皆でお互いに音楽の掛け合いをしているような感じ。何となくだけど、ダブルベースが曲全体を管理しているような感じ。
などなど。
ここまでくるとどっぷりとその世界にはまって、ビックバンドのジャズには戻れなくなっていました。中学生の三年間はとにかくこの一枚をひたすら聴き続けました。気がつくと「君にこそ心ときめく」が一番のお気に入りになっていました。

 と、まあ、本当に思い出話ですね、今回は。社会人になって、自分で好きなようにお金が使えるようになると、CDで「ファースト・プレイス・アゲイン」を買い、他のデスモンドのアルバムも買い、ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、アート・ペッパー、キャノンボール・アダレイ等その他のサックスプレイヤーの曲も聴き…。一枚のアルバムを聴きこんだだけでしたが、耳はすっかりジャズについていけるように改良されていて、それなりに楽しむことはできましたが、結局最後は、まさにファースト・プレイス・アゲイン、最初の一枚に戻ってきてしまいます。今、ウォークマンに落としているのもこの一枚だけです。
 他のデスモンドのアルバムはどうも音がウェットな感じがして、まったりとした感じでなじめませんでした。他のプレイヤーはそれぞれ個性があって面白いのですが、デスモンドの音にすっかり慣れてしまい、自分が求めているものとはどうも違います。
 デスモンドのサックスって、とても軽いんですよね。軽いというと語弊があるか。うーん、いろいろな人に怒られるのを覚悟で言ってしまうと、むしろ尺八に近い音色。ちょっと乾いた感じがして、べったりと重くなくて、奏者の息づかいまでもが伝わってくるような。ジャズ好きな友だちにデスモンドが好き、と言ったら、軟弱者、と言われたこともあります。
 1980年代後半にアリナミンAのCMで「テイク・ファイブ」という曲が使われていたことがありました。この「テイク・ファイブ」という曲の、作曲・演奏がポール・デスモンドです。思い出せない、という方はYouTubeで検索してみてください。ああ、これか、とわかると思います。
 このCMの影響もあってのことかもしれませんが、ウォークマンでデスモンドを聴きながら歩くと、颯爽とニューヨークを歩いている気がしてきます。実際、歩いているのは千葉の住宅街なんですけどね。

 半分思い出話、と書き始め、ほとんど思い出話でした、というオチ。ということで、第五回を終わります。



散文(批評随筆小説等) W.K.第五回「ポール・デスモンド『ファースト・プレイス・アゲイン』〜JAZZなんて詳しくないけど」 Copyright たもつ 2011-09-03 16:56:45
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