俺の一日にはずっと同じ形の染みが記されてゆく
ホロウ・シカエルボク
皮膜だけで感知するヴァイブレィション、崩落する外壁の中に
差出人すらすでに忘れた封をされた手紙、ごらんよ
それはもう俺たちの知っている言葉とは変わってしまった
ただ真っ当な憧れや、言外のものを語るための
様々な道程を経てそこに辿りついたはずのものたち
明るい空を見て明るい空と歌うことや
悲しみを悲しみと歌うことをするまいと決めたものたちの遺産
素直と愚直を
平穏と凡庸を
同じ棚に並べてはならない、境界は明らかにしておかなければならない
一〇〇あるものを知らずに一を歌うことを
シンプルと呼んでは決してならない
真っ直ぐな道を脇目もふらずに歩くことは
たいていの場合はくだらない結果にしかならない
そのことを判っているか、例えば一〇〇の脇道が
結果としてひとつの主要道路の形を取るプロセスを
お前はその肌で感じたことがあるか?
信じているものはすべて頭から外す
同じフレーズを違う文脈で並べ直してみる
そうして生まれる脈絡が俺をこの世界に繋ぎとめてきた
例えるなら俺は連続して生き続ける蝉だ
長く生きるための震え方は、早く死ぬためのそれとはまるで違うものさ
歌わない音の、記さない思いの、ために
ひとつの詩がいくつも出来あがってゆく
たったひとつの鳴声を俺は鳴き続けている
目的は遥か昔から明白なものとしてそこにある
それは他の誰の良心ともリンクする必要はまったく無い
例えば無心にカンバスに向かう画家に
色の塗り方をレクチャーするのはまったく恥ずかしいことだって覚えておくべきだ
完全に崩落した外壁の中には
完成とされなかったもののほうがたくさんあった、得てしてそうしたものだ
最後まで崩れなかった
死ななかったやつだけが、出来上がり
あくまで個人的に語るならそれはもう誇らしいことなのさ
手を取り合って向かいたい道じゃないから
少なくともいま立っているこの場所は
ダンス、と銘打たれたロックミュージックを聴いている
なにしてるんだってクエスチョンでその曲は始まる
踊り続けてるやつらの言葉はステップするシューズの
ステップするシューズの音の中にしかないものだ、そうだろ?
主要道路の歩き方ばかりを考えて生きてきた
そしてそれはこれからもずっと変わることはないさ
夏の太陽の眩みがどこかへ行ってしまわないうちに
何か新しいものをもうふたつみっつ刻みつけておこう
多ければ多いほどいい、例えそれがすぐに消えてしまう砂丘の上でも
足跡は動いたことの証明になるものさ
脈動しているものの証明なんだ、瞬間的な…瞬間的な脈動が凍結したがっているのさ
瞬間のすべては記録されたがっている
時間と関係のない国に亡命したがっている
すべての思いに追いつくことは出来ないけれど
出来る限りの拾いものを千文字や二千文字の中で
葬儀に参列した人たちに配る略歴のような感じで
終始形を変え続ける濁流を連続シャッターで写真に撮るみたいに
そしてそれを様々な定着でプリントするみたいに
遮光カーテンを見上げながら
天井に貼られたクロスの
僅かに色の違うところをずっと見上げたままでいながら
ごらん、これだけの流れがあったんだ、今日、俺の中に
ただ明かりを消すことだけはしなかった、それはちょっとした自慢のようにとられるかもしれないけれど
連続する日常の中ではそんなに簡単なことでもないんだぜ
誰かに判って欲しいなんて思ってるわけでもないけどさ
生きてきた時間が文字を重ねてゆく
生きてきた時間が行をかさばらせてゆく
隣の誰かと同じ言葉で
今日の一日を終わらせたくなんかない
自己紹介は
一生かけて終わらせるつもりさ
概要なんかじゃなくて
すべて並べるまで終わらせたりしないつもりさ
俺は連続して鳴き続ける蝉さ
そこには生きても生きても
判らない悔しさと可笑しさが見え隠れするのさ
早く死ぬやつらの潔さなんかそこには微塵もありはしないのさ
俺はそんな運命でよかったと今夜も胸を撫で下ろし
三〇まで生きられないだろうと思っていた自分の一〇代を嘲笑する
確実に俺にはまだ明日が残されているだろう
キーボードを叩く音やペンシルを走らせる音
前頭葉が小さな回転音を立てながらいまこのときであろうとする音
それはもっとも単純明快な俺自身の証明だ、だけど
そのシンプルには死ぬまで積み上げたフレーズがきっと必要になる