小詩集【花鳥風月】
千波 一也






一 花の身軽さ



花弁のような裸体になって
柔らかくも冷ややかな
草むらに横たわると
この黒髪は
匂いに濡れる

花咲く野辺には
見つかりがたい陰があって
花弁はいつか
そこへと落ちつく


 (仲間だろうか
 (我が身も仲間と思われて
 (涙からがら触れたのだろうか


奇麗な肢体が欲しいというのに
言葉は甚だ無力であるから
絵画や彫塑の傍らで
ときどき笑みなど
浮かべてみせる

不快な湿度は
そうして覚えた


 (重たいものをはね除けながら
 (いつかは己も除けられて
 (望むともなく縛られてゆく
 (望むともなく重たくなって


花々の奥底に潜むものをうたうとき
命はその身をいだかれている

影の見つかりがたい確かなそれが
柱であることなど
薄皮たちには
わからない


身軽なものを見上げるまでは
わからない





二 鳥の巣



鳥の巣を
憎らしく見つめた夕暮れに
山の向こうで落雷があったという


鳥の巣の
落下をねがった昼下がり
無人の家屋が荒らされたらしい


鳥の巣が
天敵に襲われるさまを夢想した夜
わたしは微熱に見舞われた


鳥の巣に
試しに小石など投げつけた朝
空には晴れ間が見えてきた


鳥の巣へ
親鳥がもどる夕暮れに
わたしは長々電話の途中


鳥の巣と
関係のない日のあれこれが
あちらこちらで雛となる





三 風のまもりて



風のなかには
なんにもないのです

だから
吹き抜けていく言葉にも
なんら意味などないのです

おわかりならば
すべてやさしく奏でましょう

嘘も願いも涙のわけも
せめてやさしく奏でましょう



風を
まもれるものがあるとするなら
風のほかにはあり得ません

それがおそらく
風へのあこがれの源です

そうして風は
まもられるのです



風のなかには
なんにもないのです

だから
みんな言葉になるのです

孤独や希求や焦燥に
つかのま触れた
気になるのです



いけないことなど
どこにもひとつもありません

許されることや
迎えられることだって
ありません

信じるもなにも
季節はとうに風なのですから

一度
帰ってみては
いかがでしょうか





四 月のしずく



月のしずくは甘いので
虫を呼ぶのに都合がいい

月のしずくは甘すぎるので
虫は日ごとにおろかになって
それをついばむ
鳥が栄える



月のしずくは砕けても
きれいにさえずる鳥がいて
けものはそっと
涙を落とす

それも或いは月のしずくか



月のしずくの甘さのはてに
けものはけなげに棲みついて
虫のためにと花など
植えた

花は
夜な夜な
濃厚に空を吸いこんで
時々ふっと月を真似して
しずくを落とす

あまりにきれいな無音さが
羽もつものの背に乗って
やさしい光に
消えていく



誰のためでもない永遠が
続けばいい

鏡のような
しずくにはもう
おわかれをして



月のしずくは円いので
輪になるものには都合がいい

小さな小さな傷をこさえて
小さく小さくつながって
波と呼ばれる
ひとつになって

今夜も
月を呼んでいる









自由詩 小詩集【花鳥風月】 Copyright 千波 一也 2011-08-29 20:20:47
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
【こころみ詩集】