帰れない
春日線香

押入れに入れられて
もうずいぶん長くなる
ときどき遊びに来るねずみに
爪をかじらせてやったり
みかんを潰したりしているうちに
骨の浮いた老婆になってしまった
これではいけないと思う
これではいけないと思うので
押入れを出て
近くの池に泳ぎに行く
体を清めるついでに
親戚まわりなどしてみる
ひさしぶりに会う叔父や叔母が
すっかり生きているようではなくて
長い時間が過ぎたのだ
戦争が五つも六つも過ぎたのだ
ということが卒然と理解されて
まことにおそろしくなる
裾をからげて家に帰る
でも家はない
家はもうどこにもない
戦争が五つも六つも過ぎる間に
燃えてしまったのだ
長い長い時間が過ぎたのだ
女の子が老婆になるほどの時間が


自由詩 帰れない Copyright 春日線香 2011-08-29 15:46:39
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