[小さな風]
東雲 李葉

小さな風はどうしたの 鈴虫さんに道聞いて 迷子になってしまったの



お母さんが歌ってくれたその唄にはいつも続きがなかった。
子供の風がどうなってしまったのか誰にも分からない。


私は大人になった。
弟が生まれたときにはもうそうだった気もするが。
ともかく、法の定める成人をとうに超した。
母の胸に抱かれることはもうないだろう。


だからといって、何か小さな生命を抱くことはなく。
なんとなく生きて、なんとなく喘いで。
なんとなく無益で受動的な日々を過ごしている。


小さな風はどうしたの


なぜ大きな風は一緒にいないの?
母はいつからか私を疎んでいた。


鈴虫さんに道聞いて


鈴虫はなぜ間違った道を教えたの?
それとも風が道を誤ったの?


迷子になってしまったの


だって誰も道しるべがいないから。
たったひとりで迷子になってしまったよ。


人生の選択肢なんて実はそんなに多くない
仕事は?結婚は?子供は?
それを聞いて私の何を計ろうというの。
しません。しません。いりません。
だってこの先どうなるかなんて分からないじゃない。


夜。街明かりにほのか照らされた薄闇。
部屋の明かりをすべて消し、母は私を抱いてベランダへ出た。
あの頃住んでたマンションは6階建て。
私は高いところが好きだった。
母がいつものように歌いだす。


小さな風はどうしたの


不意に、その風はどうしたのだろう、と幼い思案の食指が伸びた。


鈴虫さんに道聞いて


やめてよ、お母さん。


迷子になってしまったの


そんな悲しいこと言わないで。


明るい続きを考えるにはあまりに言葉が足りなくて。
ただ、しがみつくことしかできなかった。
泣きじゃくる私の背中を母は優しくたたいてくれたけど、
あそこでもし笑っていたら、夜空に投げ出されていたんじゃないか、って、
今になってそんな確信がある。


暦の上では秋のこの頃。涼風が夕暮れを吹き抜ける。
お母さん。お母さんになるって大変だよね。
私のお腹は空っぽだけど、お母さんの中には何か詰まっていますか?
弟を産み落として満足でしたか?


「私を追い出した後にすきま風が吹いていませんか?」
期待するだけ無駄だからまだしばらくは迷子でいよう。


もうすぐ鈴虫がなきだします。


自由詩 [小さな風] Copyright 東雲 李葉 2011-08-14 19:00:17
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