愛の夏ーとあるあいすべき捨て鉢猫への想い
水町綜助

いま、
とても大事なことをひとつ思い出したんだけど
それなんだっけ

こんなに晴れた夜の
誰もいない
隠された路地と
その横にだだっ広く広がる運動場の中には
ほったらかしの
ナウマン象みたいな重機が
博物館みたいに開陳されてて
その足もとには
チカリと光ってあるかもね
それをひろったのは
たぶん俺の手じゃなくて
たぶんいま俺をさわってるきみの
(忘れないうちにこれをしるさなきゃならないだから俺はいまこうしている)
やさしくて、体温高くて、いくらか自由に俺を動き回るけど、まだ少しおびえた手
俺の肌と布
そんでひらかれた手のひらの
ほんのすこしの空気
そのふるえかたが音で
俺に聞こえた

天井の夜は
みるみるうちに
ひらかれているのに
それをふたり、
くぱあっ、て
二本指でひわいにひらいてあそんで
くぱあって
よけいひらいて
くりかえし笑う
声が止まって
息が聞こえて
空気がちかづいて
粘膜がふれて
それがいつかかならず
はなれることをしってる
だからかな
「不幸にしてくれる?」ってつぶやいた
目が覚めるくらいに
恋の前衛たる言葉っすね
めまいがおきそうだ

耳の奥、こだまする蝉の声
この壊れた
車の
(何かの比喩じゃなくて)
ドアの隙間から
ゆるくうねって
耳に流れ込んで
森を膨らませている
声を
俺のからだを
腰に顔をうずめて
うなずくように
めをつむって
あいしてるのを
薄く目を開いて見ながら
きいてる

きっと
さいごひとつのドロップみたいに
甘くて悲しい
不幸をさしだす
それをやわらかく手に受け取って
流れて冬へ、
舐めて
溶けきる前に
奥歯で噛んで

この愛の夏
そのかたちもなく
帯もなく
時間もなく
わずかで
余りある
重さも
軽くもなく
暗くも
炸裂して明るさもわからない
緑と青の炸裂した
黄緑色の世界で
きっとなにもかも
朝と夜の空みたいに
明け方
反転しちゃうから
もっとちかづいて


自由詩 愛の夏ーとあるあいすべき捨て鉢猫への想い Copyright 水町綜助 2011-08-13 08:38:46
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