1872年 足の裏
長押 新


朝早くのまだ太陽が有頂天でない時刻に、New zealandの片田舎の都会。裏路地の階段の下に住んでいる少年、足の裏が靴の底よりかたいのよ、サンダルを盗んでいったらいいんだ。虹色に騒がれた名画のように、足の裏は価値がある。無名ではしかと丈夫すぎだ、描けそして。もし、それが、可能、なら。サンダルを盗んでしまえ。さて空に、お眠りとぷかぷかしていた若くひょろりとした怪盗はそれを快く引き受けた。黒く漂う愉快が流れてきたのを払いのける。浮かんだ思想ホッチキスでとめるのに忙しいので、と怪盗は心の中で少年を半分(はんぶん)とよんだ。セニョール半分。ワインばかりを飲んで育った怪盗は足の裏がやわらかい。白いセエターは善意をかぶるようだ。怪盗にようく、似合う。お眠り、いい日を、こつ、コツ、こつ、靴の音だ。にやり、戦慄が少年の目から零れグレーのタイツが空中を舞う。それはブルーにグレーの空を地べたに這いつくばせる少年の宣戦布告。結びましょうよ、たかいもひくいもブルーandグレーさ。少年は怪盗が近くを通り過ぎているのに気がつかなかったわけだ。意思表示の合致はひそかに、ささやかに行われただけだ。ひとしきり瞼の裏を舐めた後に、生活を探し回る日中、太陽は少年を毛嫌いする。少年を照らすのは、太陽ではないにしろ、少年は太陽へ感動しない。くわえて少年は曇りにも苛立つ。それでも共にいる太陽へ向けられている意思の不存在には、誰もが有無を言わない。気付かないうちに、ワインを隠し持っている少年には、心裡留保も有り、だ。太陽はそれさえ見越していたのだろう、段々と和解に落ち合い、心(ここ)に融合する。
そのようにして、たちまち夜が現れるのだった。騒がしい星と風のない黒。黒は夜だ。夜は黒だ。財布の匂いに似た鰐がぺろりと口をあけ少年のビニール製の右脚を食いちぎった。
あぁ痛い!
歓喜が喚起をとらえ逃がさないぞと追いかけた。左脚はまだ震えている。少年は右脚のあった部分におまじないのように月が明る過ぎると星は見えない、と、言い聞かせスムウズに駆けた。腹を抱える鰐のざらざらとした消しゴムの笑い声。少年と鰐はただ見つめ合った。見つめ合った。それでも恋が始まる淡い期待は捨てるべきだ。ヘローと右手をちらつかせ少年が一歩。鰐は、にゃあー、と、うまく喉を鳴らして歯を見せ付けた。
鰐はにゃあ、とないたのだ!
ひどく血とチヨコレイトと財布の匂いがして少年はすぐに痛みを忘れた。もはやそれはペインではなく高鳴る鼓動に煮えたぎる笑い声だ。
奇声ではない笑い声だ!
わらいごえなのだ!
半分、半分、セニョール半分。少年の右側から歩いてくる白いセエターがみえている。怪盗は善意なのか悪意なのだか分からない顔をしている。細い暗い路地でそこは一段と細い。怪盗は少年に自分の履いていた左側の靴を放り投げた、三角にそれは半回転してなげられた。セニョール、半分。春になって足が生えた時、足の裏は靴の底よりやわらかいだろうから、どうぞ。鰐もまた解答だった。怪盗はまた、右足事サンダルを盗んだのだった。
少年は、黙っていた。



自由詩 1872年 足の裏 Copyright 長押 新 2011-08-12 14:57:28
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