板谷基雄の危篤
板谷みきょう

一昨日の夜更け
妹から電話が入る

21時に危篤状態になったよ

これからなら行けないよ

素っ気無く答えた

今日になって夕方に
車を飛ばした

ゼロゼロと絡まる痰い
酸素マスクを付けて
横になっている姿と

去年の12月に会った姿と
いつからか思い出せない位前の姿と
直線状に繋がることを
想起させないのは 何故か

家族が集まっている病室の
異様な光景が
虚ろな眼差しに
どう写っているのだろうか

かつて
高僧の今際の際には 弟子達がこぞって
今から死のうとしている状況下で
兎に角、何が見えるかを問うた

そんな逸話を思い出しながら
麻薬と麻酔薬を調整され管理されて
痛みも意識も奪われた
身の置き所のない肉体を
持て余すように体を僅かに捻る

瞳孔が開いたままのような視線の先には
何が見えるのだろうか

一週間の間にいつ急変しても
おかしくないと説明され
延命治療には意味が無いことも
担当医師が説明したと言う

13日は
ススキノでライブをして
14日には
二つの実家のお墓参りに行くんだ

途中、寄れたら寄るけど
来たから何がどうなる訳もなく
呼ばれても直ぐには来ることは難しいよ。

そんなことを言ったら

「何?」と答えてこちらに視線を向けて
片っ方の口角を上げてにやりとした

兄貴の唯一の弟子のソプラノ歌手の
伊藤直美さんが来てて
送りしなの車の中で随分と兄貴に
褒められたことを
誇らしく言われたことを教えてくれたよ

一般には知られなかった名指導者だって
教え方が的確で特殊な才能のあることを
沢山、教えてくれたよ


盆が近いよ もうすぐお盆だよ
地獄の釜が開くんだよ
極楽へ行けたら良いね

お兄ちゃんは
何とも答えなかったけど



自由詩 板谷基雄の危篤 Copyright 板谷みきょう 2011-08-12 02:47:48
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