あの時は気付けなかった思い出
板谷みきょう
こんな自然に囲まれた
景色の良い養老院に
住めるようにしてくれたんだね
うねうねの小道を
両手一杯の手荷物で汗だくの父さんと
ボクの手を引き黙々と歩く母さんの後を
ばあちゃんは
必死になってついてきてたんだ
あの時は気付かなかった
すぐ隣には、病院もあるから
心配はいらないわね
母さんが初めて口を開いたのは
丁度、病院を通り過ぎて
裏庭の辺りを歩いていた時だった
坊ーやぁー!坊ーやぁっ!
突然、大きな声が聞こえた
声のする方を見ると
病院の窓の鉄格子を両手で握りながら
知らない小母さんが
こっちを見ながら叫んでいた
養老院じゃなくて老人ホームだよ
父さんが言っていた
あの時は気付かなかった
じいちゃんは協会病院で死んだんだ
毎日学校の帰りに病院に寄ってたけど
もう長いこと無いって言われてから
宮本くんと遊ぶことになって
行かなかった次の日
病室に行くとカラッポだった
詰所から出てきた年配の看護婦さんが
石蔵さんは退院したのよ
と、教えてくれた
危ないって言われてたのに
じいちゃんは不死身なんだと
思いながら帰ってみたら
玄関に忌中札が貼ってあって吃驚した
あの時は気付かなかった
暫くして
ばあちゃんが夜中に
家から出て行ったり
とんちんかんなこと
を話し始めた
家から遠く離れた山の中腹の
汽車とバスを乗り継いで来た
この老人ホームは
自然に囲まれているのじゃなく
人里離れているだけのこと
隣の病院は精神病院だったこと
じいちゃんの死に目に会わせることが
普段からひとり遊びばかりをしていた
子供のボクの精神には受け容れられなくて
後日にでも体調を崩す可能性があると
相談を受けた医者が言ったかららしいこと
ばあちゃんは耄碌してるだけじゃなくて
呆け始めてたこと
じいちゃんも、ばあちぁんも
居なくなった家に父さんと母さんと
ボクたち三人の子供だけが
暮らすことになって
父さんはカローラを買った。
そこで記念写真を撮影して
彼方此方と旅行に出掛けることが増えた
その旅行には
ばぁちゃんが参加する事は無かった
あの時は気付かなかった
あの時は気付けなかった